農耕用だったが…日本最古のブランド牛「近江牛」誕生秘話

農耕用だったが…日本最古のブランド牛「近江牛」誕生秘話

 日本では現在、300を超えるブランド牛が全国各地で肥育されている。牛を育てていないエリアを探す方が難しいぐらいだ。その中で最も歴史が古いのは、400年以上前から存在した近江牛だ。江戸時代に彦根藩で味噌漬けにされた牛肉は、将軍家にも献上されてきた。神戸牛、松阪牛とともに3大和牛にも数えられ、日本を代表する牛肉だ。

 その名が広く知られるようになったのは、明治以降である。労働力としての役目を終えた農家の牛を神戸へ連れていき、外国人と交渉。これがうまいと評判になり、横浜や東京にも販路を広げていったという。

 それにしても、なぜ食肉用として育てられたわけでもない牛が、それほどうまかったのか。

「もともと近江は米どころだけあって土地が肥沃。琵琶湖からの水にも恵まれています。そんな恵まれた環境で育ったのですから、農耕用とはいっても、おいしかったのでしょう」

 こう言うのは、近江八幡観光物産協会会長で、レストラン「毛利志満」を運営する森島商事の社長・森嶋篤雄さん。浅草で牛鍋の店「米久」を繁盛させた竹中久次の弟・森嶋留蔵のひ孫だ。

 竹中久次は、いわゆる近江商人で、米穀商を営んでいた。それで屋号は「米久」。幕府が開国に踏み切り、大勢の外国人が日本に来るようになったとき、「現役を退いた農家の牛が売れるのではないか」とひらめいたそうだ。

「兄の久次が東京で販売を担当し、森嶋家に婿入りした弟の留蔵が地元の農家を回り、牛を集めました。東京までの陸路を半月かけて牛を引いていくのは大変な苦労だったようで、途中の箱根で山賊に襲われたりもしたそうです。そんなとき、清水次郎長が助けてくれたという逸話も我が家には伝わっています」

 昭和53(1978)年には地元で近江牛のレストラン「毛利志満」もオープン。店名には、「毛ほどの細い利益と近江商人としての志を忘れず、すべての人に満足していただける店に」という思いが込められているそうだ。


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