過去に親しんだテキストをもう一度、引っ張り出してみよう

過去に親しんだテキストをもう一度、引っ張り出してみよう

和田秀樹【後悔しない認知症】

 認知症予防のためには「脳を悩ますこと」が有効であることは、このコラムでたびたび述べてきた。それも付け焼き刃的な脳トレではなく、これまでの人生に根付いた知的好奇心の領域で「脳を悩ます」ことが重要だ。

「最近、オヤジがラテン語の勉強をはじめています」

 馴染みの編集者S氏が言う。彼の父親は現在85歳。大手石油会社の役員、子会社の社長を務めた後、15年前に現役を引退。その後は読書ざんまいの日々を送ってきた。若いころから英文学、特にシェークスピアをこよなく愛し、それも原書で親しんできたという。そして、「本当にヨーロッパの古典文学を理解するには、ラテン語の理解が不可欠」という結論に至ったのだとか。ラテン語は口語ではないが、古代ローマ帝国の公用語であり、以来、ヨーロッパ文化圏においては、宗教、哲学、人文科学、自然科学などの領域で文語として使われてきた。ちなみに、現在でもバチカン市国の公用語はラテン語である。S氏の父親はシェークスピアの理解にはラテン語が必須と考えたのだろう。現在も認知症の症状はまったく見られず、S氏としても一安心のようだ。

 このエピソードが示すように、高齢者は自分の好奇心を常に大切にし、機嫌よくそれを満たすように行動すべきだ。認知症の予防、進行の抑制に大いに役立つ。子どもはそのことを忘れないほうがいい。認知症であるかないかにかかわらず、読書、音楽、スポーツ、各種の娯楽など、親の好奇心の芽を摘まないように心がけるべきだ。将棋、囲碁、麻雀はもちろん、生活に支障をきたさなければ、趣味程度の競馬、競輪などの公営ギャンブルも無理にやめさせる必要はない。現在、大きな議論となっているカジノは別だが……。

 前回のコラムでも触れたが、現在82歳の漫画家の東海林さだお氏は、認知症研究の第一人者である長谷川和夫氏との雑誌対談(「オール読物」11月号)の中で、認知症予防に有効な「脳を悩ますこと」について語っている。「最近、物忘れがだんだん激しくなってきていて、いつか認知症になるのではないかと不安なんですよ。今はまだ大丈夫だと思っているのですが……」と語った上で、最近、大学受験で使用していた「赤尾の豆単」(「英語基本単語集」赤尾好夫編)で英語を学び直していることを話されていた。「僕らは受験のときに色々なものをとにかく暗記しましたよね。でもそれ以降は暗記をする機会があまりありません。覚える、というのは同時に、忘れないための訓練」だとして、ボケ防止に有効であると語っておられた。漢詩の暗記にもチャレンジされているという。

 間違いなく優れた認知症予防法である。過去に自分が記憶した知識に触れ直すことで、その記憶にまつわるエピソードの想起を促す効果も期待できる。「この単語は○○大学の試験に出た」、あるいは「このとき、××さんにフラれた」「この漢詩の一節は△△の座右の銘だった」などと、暗記事項の蓄積と同時にさまざまなエピソードが蘇る。これが脳の動きを活発にするのである。

 人によっては認知症予防の素材が「赤尾の豆単」ではなく、「大学への数学」であったり、山川出版社の世界史の教科書であったりするかもしれない。暗記をするわけではないが、好きな小説や漫画に触れるのでもいい。「お仕着せ」の脳トレではなく、自分が過去に親しんだ素材を認知症予防のテキストにできるのだ。

(和田秀樹/精神科医)


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