【名門校のトリビア】

「大学受験実績において渋幕の後塵を拝すようになって久しいが、近い将来、必ず県内トップの座を取り戻す日がくると信じている」と語るのは千葉県立千葉中学・高校(通称けんちば)の関係者だ。

 渋幕とは1983年に開校した渋谷教育学園幕張。千葉高の前身である旧制千葉中の創立が1878年だから、その歴史は100年以上も開きがある。公立校が凋落していく中で実績を積み重ね、世紀が変わると、県トップの千葉高を一気に追い抜いた。

「02年に渋幕が千葉高を東大合格者数で初めて上回ったのですが、これは衝撃でした。なぜなら、千葉高は県内のエリートを一手に集める特別な存在だったからです。学校群制度の導入で東京、千葉、中部地方などの公立校が軒並み凋落を余儀なくされた70年代以降も、何とか踏ん張ってきた。そして、90年代前半には東大合格者数トップ10入りも3度、果たしている。しかし、渋幕ら私立校の追い上げに抗すべく術もなく、ずるずると後退してしまったのです」(元千葉県教育委員会職員)

 危機感を持った千葉県側が打ち出した手段は、けんちばを中高一貫にすることだった。08年4月、千葉高に併設する形で千葉中を開校した。

「前年、千葉市が市立稲毛高附属中を新設。遅れじと県も中高一貫に踏み切ったのです。表向きは私立中高一貫校に対抗するためではないと言っていますが、衆目一致するように、渋幕らを意識して巻き返しを図ったというのが本当のところです」(同)

■教育王国のプライドと現実

 千葉県は国内有数の教育王国。文部科学省が行った15年度の公立校英語教育実施状況調査では、中3の英語力で47都道府県中トップ、高3でも群馬に次いで2位だった。県は自身の教育システムに強いプライドを持っているだけに、「私立校に後れをとるなど許されない」(同)のだという。王国復活のカギが公立の中高一貫の導入というわけだが、「中途半端な感は否めない」(大手予備校幹部)との指摘もある。

「けんちばは中学定員が1学年80人で、高校からの募集は240人。一方、私立の中高一貫進学校を見ると、東京御三家のうち、麻布(定員300人)と武蔵(160人)は高校からの募集はなし。開成は中学で300人、高校で100人を募集する。また、渋幕は中学で280人、高校で55人。こうした進学校は中学の段階で、通常は高校での分野を先行して教えるので、余裕を持ったカリキュラムが組める。しかし、けんちばの場合は高校からの生徒のほうが圧倒的に多いので、そちらに合わせたカリキュラムを組むしかなく、先取り学習ができず、大学受験に向けてはどうしても間に合わなくなってしまうのです」(予備校幹部)

 なお、開成と渋幕は高校から入学した生徒は1年間、別クラスで教え、2年生から中学からの内部進学生と合流する。対して、けんちばの場合は内部進学生と高校からの生徒を分けることはない。従って、中学でのカリキュラムは他の公立校とほぼ一緒である。

「私立の進学校のような先取り学習を導入しないのは、受験がすべてではないという県立としての矜持。とはいっても、中高一貫の利点を生かすべく、スパイラル方式(反復しながら理解を深めていく学習法)なども取り入れ、それなりの成果を上げています」(前出・学校関係者)

■現役合格率は上がっている

 かつて、千葉高は「4年制高校」と揶揄されていた。難関の大学を目指すには現役では無理で、最初から1浪を前提に受験勉強に臨む必要があるという意味だ。しかし、中高一貫になってからの同校は現役合格率が上がっているという。ここ3年間の東大合格者数を見ると、17年18人(うち現役14人)、18年22人(14人)、19年19人(12人)。現役割合は約68%で、まずまずの数字を残している。中高一貫導入の成果のひとつと言えるかもしれない。

 ただ、医学部となるとそういうわけにはいかない。19年に国公立の医学部(防衛医大を含む)に合格したのは30人。うち現役は10人で同約33%。医学部だけは「4年制」でないと、なかなか合格は難しいようだ。

 どうしても進学実績にばかり目が向きがちだが、全人教育という意味でも、伝統校らしく、さまざまな工夫が随所に見られる。そのひとつが03年にスタートした「千葉高ノーベル賞」だ。

「けんちばの一番大事な校風の柱となっているのが“自主自律の精神”。そのひとつの実践の場として、千葉高ノーベル賞があります。生徒一人ひとりが自分のテーマを自由に決め、高校1年から2年間かけて研究をまとめるのです」(学校関係者)

 毎年夏休み明けに発表会が行われ、分野ごとにもっとも優れた作品に千葉高ノーベル賞が与えられるのだ。19年度の受賞作品は、人文科学分野「名探偵コナンについて考える―フィクション論の観点から―」、社会科学分野「住みやすい都市とは」、自然科学分野「どら焼きに合う飲み物は何か」、スポーツ・芸術分野「鳥獣戯画をよむ―平安時代の動物観と擬人化―」だった。「毎回、借り物ではないユニークな作品が集まる」(同)という。

「こうした試みをどんどん実行に移せるのがわが母校の強み」と称賛するのは70年前後に千葉高に在学したOB。その一方で、残念な部分もあると話す。

 69年、大学紛争の波が高校にも押し寄せ、千葉高で4人の生徒(うち3人は他校)が図書館に立てこもるという事件が起きた。生徒会と当該の生徒たちの間で話し合いがもたれたが、そのさなかに機動隊が投入されてしまったのだ。県教育委員会の要請だった。

「学校の自治が完全に破壊された瞬間でした。生徒会の存在意義などなくなってしまったと感じた私たちは、解散することにしたんです。以来、千葉高には生徒会がない状態が続いている。潰した側の人間が言うべきことではないかもしれないが、あれから半世紀がたった今こそ、そろそろ復活すべきではないのか。自主自律をうたう以上、生徒会がないのはやはりおかしい」(OB)

■私立高無償化の余波

 いくつもの課題を抱えるけんちばだが、もうひとつ懸念材料を挙げるとしたら、私立高無償化の動き。東京都では今春から私立高の授業料の実質無償化をスタートさせる。小池百合子都知事は去る1月10日、その対象を世帯年収760万円未満から910万円未満に引き上げると表明している。そうした動きに呼応するように、都立高志望者も3年連続で減少。定員割れを起こしている都立高も少なくない。

 同様の私立高無償化が千葉県でも実施されたら、県立の地盤沈下は必至。けんちばとしても、せっかくの中高一貫化を生かすべき、さらなる着想が必要だろう。 =敬称略

(田中幾太郎/ジャーナリスト)