(藤岡善信/浄土真宗本願寺派僧侶。東京・四谷で「坊主バー」を経営)

 愛別離苦(愛する者との別れ)というものは避けられないこと。釈迦はこの苦しみがあることを悟り、自ら愛着を断ちました。

 愛情からは憎しみや悲しみが生まれてしまう。つまり、愛することは苦しみの種でしかないのです。だからといって人を愛さずには生きていけないのが、世間で生きる私たちの姿です。

 私たちは、愛するということから多くの学びを得ているのです。お釈迦さまのように欲望を断って生きられないのなら、人を愛していかねばなりません。

 ただ、時に愛は思うようにいかない事実も教えてくれます。どんなに愛しても伝わらない。愛し合ってもいつしか別れなければならない……。これらも、この世の理。愛する覚悟は決して生半可なことではありません。

 伴侶の病や死別を、どう受け止めていけばよいのでしょうか? それには、まずあなた自身がちゃんとした死生観を持たなければなりません。仏教の教えでは死は終わりではなく私たちはどんなに頑張っても、人知を超えた大いなるものに最後はお任せしなければならない。死は悲しく虚しいだけのものではない。そんな死生観をご自身が学び、自然の摂理に身をゆだねることができたなら、多少なりとも大きな心で奥さまの病気を受け止めていけるようになるかもしれません。

 奥さまに「また必ず巡り合えるんだよ」「今までありがとう」と心から伝えられるようになれば、奥さまも深い安心感の中で天寿をまっとうできるのではないでしょうか。

 ともにいる時間が長いから幸せ、短いから不幸ではありません。時間の味わい方こそが大切なのです。人は最期には思い出だけを持って旅立っていくのだと思います。だから最期の一瞬まで、愛と感謝でいっぱいの思い出を、奥さまとともにつくれますよう願っております。合掌。