63歳で新型コロナウイルスの犠牲になった女優の岡江久美子さん。国民はコロナの恐ろしさに戦慄したが、その際に原因として指摘されたのが、乳がん治療による免疫力低下だ。がんと闘っている人々は数多い。本当ならば衝撃だが、これに真っ向から異を唱えているのが、岡江さんの「かかりつけ医」だった「昭和大学横浜市北部病院循環器センター長」で心臓外科医の南淵明宏氏だ。

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 ――岡江さんとはいつごろから?

南淵 6年前、番組で共演したのをきっかけに3カ月に1回、心臓を診る体で、検診程度のことですが東京のクリニックで診させていただいておりました。いつも雑談ばかりしておりましたから、一人の近しい友人としてお話しさせていただきます。訃報は本当にショックでした。今年の1月の終わりにみえた時はあまりに元気だったので、「乳ガンの放射線治療による免疫力低下が重症化の原因ではないか」という見方について、「そんなことはないと思いますよ」とコメントしました。

 ――フジテレビの「情報プレゼンター とくダネ!」(4月24日放送)ですね。番組では、岡江さんの所属事務所のファックスの文面がテロップで映し出され、「昨年末に初期の乳がん手術をし、1月末から2月半ばまで放射線治療を行い免疫力が低下していたのが重症化した原因かと思われます」と書かれてしました。これに反論をしたわけですね。

南淵 正しい情報が伝わらないと、ガンの治療をしている人がすべからく不安のどん底に突き落とされてしまいます。それは誤解です。がん治療と言ったって程度がありますし、また治療が終わった病気は持病とは言えないと思います。国立がんセンターの乳がんの専門医も、一般論として岡江さん程度の放射線治療で免疫力低下は見られないとの見方していました。白血病で体全体に行う放射線治療と、乳がんの初期で術後に念のために行う放射線治療は全然違うと思います。

 岡江さんは本当に元気でした。「乳がんの手術をしたけどぜんぜん大丈夫だったの」とニコニコしていました。免疫力の低下って言いますが、免疫力って何ですか? しっかりした定義はありません。ある人の現在の免疫力を測定することなどできません。それに免疫、つまり体が防御しなければならない相手は何なんですか? 免疫力などという言葉はそういう漠然とした概念でしかないと思います。それに女優の方はみんなそうだと思いますが、岡江さんは普段から健康に非常に気を使っていて、勉強をしていました。

 ――それほど健康管理に気を使っていたのに岡江さんは4月3日に発熱し、「4日から5日間は様子を見るように」と言われて、自宅療養4日目の6日に急変。すぐに緊急入院をしてPCR検査で陽性判明、ICUで人工呼吸器を装着する治療を受けましたが、4月23日に亡くなられました。

南淵 言いたかったことは、「新型コロナウイルスに感染すると、直前まで元気だった人が突然死の淵に追いやられる! それほど怖い病気だ」ということです。

 実は本当にテレビで伝えたかったのは、新型コロナウイルスの感染拡大で、医療崩壊がすでに始まっていることです。特に救命救急医療が圧迫されています。心臓外科でいえば、急性大動脈乖離や急性心筋梗塞になったら、通常なら救命手術で救える命も、コロナウイルス感染への対応で手が取られ、救えない事態に陥っています。

 もちろん「いま病気にならない方がいいですよ!」なんて言えません。結局のところ「コロナウイルスに感染しないようにしましょう」と言い続けるしかないのです。

「長期化なら倒産や経営破綻の病院が続出」

 ――たしかに最近、救急患者の搬送先が決まらない「たらい回し」が激増しているという記事がよく出ています。

南淵 新規の救急患者の受け入れは、2つの意味で負担増になります。1つは、多くの医療スタッフが夜通しで手術するようなことになるし、もう1つはコロナに感染しているのかどうか分からないので院内感染のリスクもあることです。普段から救急患者は病院側のキャパシティいっぱいのところで対応してきました。どこの病院も同じだと思います。そこにコロナウイルス感染やその疑い、あるいはまったく症状がない、つまり疑いがなくても実際は感染していた、という患者が来院されているのです。

 ある産婦人科で出産をした母親が感染していることが分かって、病院全体に衝撃が走りました。担当した医者や看護婦全員が濃厚接触者になるので、すぐにPCR検査をして自宅待機を強いられた。1人の潜在的な感染者を受入れることで、その病院の全科で診療ストップという事態になりかねないのです。

 岩手県の県立病院が帰省中の妊婦の受け入れを拒否したと報じられましたが(4月24日の読売新聞「岩手の2県立病院、妊婦救急搬送の受け入れ拒否」など)、日本中の病院が「新規の患者は基本的に拒否する」という事態に陥ってしまっても仕方がないと思います。大病院だけでなく、歯科医も「新しい患者は診ない」という同じ対応をしているようです。

 今のところあまり指摘されていませんが、病院の収益も他の業種同様、各段に落ち込んでいます。「医療者の皆さんの献身にはご苦労様です」と社会から賞賛を頂いているようですが、実は病院経営上も相当に厳しい状態です。コロナウイルス医療は概して場所、機材、消耗品、人件費、など莫大なコストに対して、その経済的見返りは相当に少ないように思います。おそらくかかった経費の10%程度の医療収入しかないでしょう。通常の医療を縮小している状況ですから、コロナウイルスを受け入れている病院は通常の売り上げの10%程度と少しぶんしかない、ということになります。いまの状態が長引くと、他の業種同様、倒産、経営破綻の病院が続出するでしょう。

 ――コロナの感染拡大が収束するまでは、緊急救命治療は受けられない?

南淵 救急医療に限りません。がん患者さんも治療が先延ばしになっているようです。「いますぐしなくてもいい手術なら先に延ばして下さい」と病院側は対応しているようです。患者が「いつまで延ばせばいいのですか」と聞いても、医者は「感染拡大が収束するまでですが、それはいつになるのか分かりません」としか答えられません。

 ――5月6日までの緊急事態宣言を5月末まで延長することになりました。発令した時に安倍首相は、1カ月間で感染拡大を食い止めて収束へと向かうという目標を掲げていましたが。

南淵 がん、心臓病に限らず患者が「手術は1カ月待って下さい」と病院から言われたらまずます許容範囲内かも知れませんが、3カ月とか半年延ばされるとなると、患者の不安はいかばかりか。その意味で普段の医療が行えなくなっている現状の医療体制はすでに崩壊していると言えます。

(聞き手=横田一/ジャーナリスト)

▽南淵明宏 1958年大阪生まれ。1983年に奈良県立医科大学卒業、85年に国立循環器センターレジデントを経て、手術件数の少ない日本を飛び出し、89年にシドニーセント・ビンセント病院フォロー、91年からは国立シンガポール大学で"武者修行"。帰国後は、大学病院の5倍程度の手術とこなし、「手術件数を医師や病院評価の基準にすべき」とも主張。現在は、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授。