【鑑定士のナイショ話】#52

 今週から「買い取り店サバイバル」の興亡史と内幕を書いていきたい。

 私が20年前にこの業界に入った頃、美術業界で買い取り業者は、買い取り店ではなく、「買い出し屋」とか「ウブダシヤ」と呼ばれていた。前者の買い出しはわかるとして、「ウブダシヤ」とは何かと言えば、「ウブ」つまり「ウブい=初い」であり、人目にさらされていない美術品を出品する業者を意味した。

 ウブダシヤは、各地域に点在していた業者で、ウブダシヤの荷物の質で市場の出来不出来が決まってしまうくらい重要な存在だった。「ウブい」荷物が多い時には市場は活気づくのだ。

 ウブダシヤは、どうやって美術品を集めたか。新聞広告や折り込みチラシ、ポスティングなどで広告をしたり、紳士録名簿や医師名簿がまだ出回っていたので、そうした名簿から電話をかけて営業をする人たちもいた。

 また斜陽な富豪たちに接近していく人もいれば、そういう人脈づくりにたけた人もいた。どちらかと言えば黒子的な存在だった。

 そしてウブダシヤ→業者市場→美術商→収集家という美術品の流通サイクルは安定していた。ある意味で分業化されていて、お互い領域を侵すことなく、それぞれ商売が成り立っていた。

 また市場での業者の雑談には、まだまだバブルのにおいが残っていた。「横山大観を1億で買ったあの業者、最近見ないけど先物で全部やられたみたいだな」とか「借金で首が回らなかったあの買い出し屋がウブダシで当てて銀座で飲み歩いてるよ」とか。まだどこかバブルの復活を望んでいるようにも聞こえた時代だったのだ。(つづく)

(猪羽恵一/本郷美術骨董館 副代表)