元代表DF柳本啓成さんはスクール経営9年目、自ら指導も

元代表DF柳本啓成さんはスクール経営9年目、自ら指導も

 2018年サッカーW杯ロシア大会のアジア最終予選が行われている。日本がW杯に初出場を果たしたのは1998年。その前年まで日本代表ディフェンダーとして活躍し、初出場を後押ししたのが、“茶髪の貴公子”と呼ばれアイドル的人気を誇った柳本啓成さん(44)だ。今どうしているのか。

■「自分の分身が戦っているような感じ」

 柳本さんに会ったのは、奈良市宝来町のサッカースクール「YANAGI FIELD」。近鉄奈良線学園前駅から車で10分走った、住宅や田畑に囲まれた場所にある。

「株式会社を設立し、ここにスクールを開いて9年目になります。34歳で現役を引退した後、サッカーとは別の世界を見てみたくて、1年かけて世界中を旅して回りました。そのとき、どんな小さな町にもグラウンドがあるのを見て、ボクも子供たちが世界を目指せる環境をつくりたいと思ったんです。東大阪市で生まれ、小学2年からここで育ったので、故郷に恩返しをしたい気持ちもありました」

 スクールには幼稚園児から中学生まで約300人が通う。柳本さんは、月曜以外の平日は夕方4時から8時、土日は朝から晩までグラウンドで指導しているという。

「ボクが代表を務める少年サッカーチーム『YF NARATESORO』は、全国大会まで行ったほか、ガンバ大阪やセレッソ大阪のユース年代に選手を送り込んだりもしてますよ。楽しいですね。自分の教え子たちが勝負するわけじゃないですか。自分の分身が戦っているような感じがします」

 そう胸を張って語る柳本さん。指導者としても、経営者としても成功しているようだ。

「いやいや、最初に大借金をしましたからね。ここはもともと奈良大学の跡地。全体の広さがどれくらいかは覚えていませんが、土地を借りて、大人の公式戦用の3分の1ほどの大きさのコートを4面半造りました。ちなみに、従業員8人の中には、プロに教えられるS級ライセンスを持つ者もいるんですよ」

■W杯本大会への思い

 さて、柳本さんは奈良育英高校卒業後の1991年、サンフレッチェ広島の前身・マツダSCに入り、Jリーグ発足に伴い、翌92年にプロ契約。日本代表では、31試合に出場した。

「ずっとJ1で戦うことができたし、500試合近くに出場して日本代表にも選ばれた。“世界最高の左サイドバック”といわれたブラジルのロベルト・カルロス選手とも対戦できました。W杯本大会に行ってみたかったなぁとは思いますけど、やれることはやったので、幸せなサッカー人生でしたね。最高年俸? プラス勝利ボーナスで1億円弱、サンフレッチェのときですね。あのおカネはどこに行ったのかな……探してます、ハハハ」

 ところで、美しい奥さまにも会えるかと期待していたが、姿が見えない。2005年、1歳下の人気タレント・岡元あつこさんと結婚したはずだが。

「彼女は東京で仕事があるので、行ったり来たり。舞台で1、2カ月いないこともありますが、スポーツ栄養アドバイザーなどの資格を取ってスクールの業務も手伝ってくれています。子供はできませんでしたねぇ。たまに休みがとれると、近場の温泉に行ったり、海外旅行を楽しんだりしてますよ」

 最後に、今の日本代表について一言。

「ロシア大会には、順当にいけば行けると思います。ただ、代表メンバーの中には海外の所属クラブで出番に恵まれない選手もいる。試合に出ていないとパフォーマンスが落ちます。そこが選手も悩みやと思いますね」

「YANAGI FIELD」から車で約10分のところに、夫人と2人暮らしだ。

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