【六川亨のフットボール縦横無尽】

 1月8日にタイのバンコク入りして1週間が過ぎようとしている。

 今夏の東京五輪の最終予選を兼ねたUー23(23歳以下)アジア選手権に参戦している森保ジャパンは、最低でもグループリーグを突破して「準々決勝(18日)まで勝ち上がる」と予想し、ホテルを押さえていた。しかし、サウジアラビアとシリアに1-2で連敗し、あっさりとグループリーグ敗退が決まった。

 同業者には第3戦(15日)のカタール戦後、ホテルをキャンセルして帰国便を早める手配をしたり、13日の高校サッカー選手権の決勝を取材してから14日にバンコク入りを予定していた記者たちは、タイ行きを断念してホテル代とエアーチケット代を捨てざるを得なくなった。

 同じことはサポーターにも当てはまる。なんとも罪作りな森保ジャパンではあるが、勝負は<水もの>とはよく言ったもの。勝つときもあれば負けるときもある。それらを含めたサッカー現地観戦の、現地取材の醍醐味ではないだろうか(と一応フォローしておこう)。

 そんなUー23アジア選手権には、ちょっとしたハプニングもあったので紹介しよう。

 ホストカントリーのタイはグループAに、日本はグループBに入り、両グループはバンコク市内のナショナルスタジアムであるラジャマンガラ・スタジアムと郊外にあるタマサート大学をメインにした学園都市にあるタマサート・スタジアムが試合会場となった。

 繁華街にあるラジャマンガラ・スタジアムは、日本では考えられないことだが、コンコースや階段ならどこでも喫煙OK。愛煙家にとっては楽園のようなスタジアムだ。

 ところが、タマサート・スタジアムは喫煙はNGだし、しかもペットボトルの水もコップに入れ替えないとスタンドに持ち込みは不可だった。

 さらにスタジアム近くのショッピングセンター内のセブンイレブン、日本系レストランやよい軒では、アルコールの販売も禁止されていた。

 その理由は<大学生の街だから>。日本なら大学生=飲めや歌えやの大宴会のイメージだが、バンコクでは事情がまったく違うといったところ。

 森保ジャパンは、タマサート・スタジアムで2試合を戦ったが、サウジ戦の試合前に日本のサポーターが、ゲーフラ(ゲート・フラッグの略。旗の左右両端に棒を1本ずつ差し込み、両手で旗を広げながら高く掲げて使用する。掲げた形状が<門>に見えることからゲート・フラッグと命名された)を持ち込もうとしたら、スタジアムの警備員から取り上げられそうになったという。

 その理由は、ゲーフラに日本のTV解説者である松木安太郎さんと<試合に勝つ>という意味で「トンカツ」の絵が描かれていたから、という。サウジなどイスラム教の国々では、戒律で豚肉は禁忌となっている。イスラム教徒への侮辱に当たると判断されたようだ。この例だけではなく、ゲーフラに関しては警備員がスマホで撮影して何が描かれていたのか、厳しくチェックされたという。

 その一方、プレスルームでは豚肉がトラブルの原因になるところだった。

 ありがたいことにプレス用に2種類の弁当が用意されていた。ひとつはガパオライス。豚ひき肉と野菜を甘辛く炒め、白飯に目玉焼きを乗せたもの。もうひとつは、チャーハンの上に豚肉の生姜焼きを乗せたものだった。言うまでもないが、中東でも戒律が厳しいことで知られているサウジのメディア陣は、弁当に手を出そうとはしない。翌日、弁当の豚肉から鶏肉に変更され、私たちもホッとしたものである。

 異なる宗教の選手やファン、メディアが一堂に会する国際大会の運営の難しさを垣間見たワンシーンだった。今夏の東京五輪では、その辺りの抜かりはないと信じている。

■試合前に感じた代表選手たちの“軽さ”

 ここからは本題に入ろう――。

 日本代表がグループリーグ<2試合>の段階でグループリーグ敗退が決まったのは、A代表とUー23代表では1993年のJリーグ発足後、初めての出来事ではないだろうか。記憶を呼び起こしても1984年4月にシンガポールで開催されたロス五輪アジア最終予選でタイ、マレーシア、イラク、カタール相手に4連敗して出場権を逃して以来の屈辱と言える。ここでは、ピッチ上での敗因ではなく、勝てなかった2試合を通じて気になったことを書き連ねたいと思う。

 試合直前、両チームの選手は入場すると横一列に整列し、まずは両国の国歌を聞く。そしてアウェー(に割り当てられた)チームが歩きながら審判団や対戦相手と握手をし、自国ベンチ前に戻ると集合写真の撮影のため2列になって整列する。これは国際試合に限らず、Jリーグでもおなじみの光景であるが、森保ジャパンが戦った初戦のサウジ、第2戦のシリアは様相が異なった。

 集合写真の撮影の前にスタメンの11人だけでなく、ベンチの選手や監督、コーチにスタッフを含めた全員が円陣を組んでいた。そして最後はキャプテンが気合いを入れるように大声を出し、それから集合写真のために整列していた。

 13日に決勝が行われていた高校サッカー選手権のようなイメージを持たれるかもしれない。しかし、彼らの立ち居振る舞いから、今大会にかける意気込みが伝わってきたのも事実。ラグビー・オールブラックスの「ハカ」ではないが、何かしら儀式めいた雰囲気も感じつつ、勝利に向けたチームの一体感が、記者席にもひしひしと伝わってきた。

 一方の日本は、通常通りに国歌、握手、集合写真の撮影が終わるとコイントスをするキャプテンだけが審判団の近くに残り、ほかの選手はピッチでボールを蹴りながら試合に備えていた。

 これはこれでいつもの光景だが、サウジやシリアに比べると<決戦の場>に臨むというよりも、練習試合前のような<軽さ>を感じてしまった。シリア戦後、精も根も尽き果てたのか、ピッチに倒れこんだり、突っ伏していたのは<勝ったシリア>の選手だった。東京五輪出場に望みをつないだからか、感極まって涙を流す選手もいた。それを呆然と見つめる日本の選手たち。試合後になって「勝負にかける熱量が違った」「相手の気迫を感じた」などと口にしていたが、まったくもって<時すでに遅し>だ。

 選手のモチベーションを上げるのも、指揮官のの大事な仕事のひとつだろう。しかし、森保監督は「試合前に選手の立ち位置は決めましたが、あとは選手たちの判断に任せました。サッカーは試合が始まったら選手が自ら判断してプレーしなければならないスポーツですから」と語っていた。おそらく東京五輪の出場権を開催国枠で獲得しているからこそ、可能となった「トライアル(実験)」と位置付けていたのではないだろうか。

 だとしたら、今大会の結果だけで森保監督の進退を問うのは、いささか早計だろう。それよりも気になったのが、シリア戦後に帰国して埼玉での高校サッカー選手権の決勝を観戦した後の日本サッカー協会・田嶋会長の発言である。

 田嶋会長は「すべてにかんして(JFAの)技術委員会が真っ先に決めるのが、我々のルール。ただカタール戦が残っているので、そこをしっかり戦ってもらわないと。選手にも意地を見せてもらわなければいけない」と話したそうだ。

 これはまったく持って正論であり、そのために技術委員会は存在している。しかし――。

 2年前の2017年12月の東アジアE-1選手権でライバル韓国に負け、翌年の3月のテストマッチでも結果を残せなかったハリルホジッチ元監督が解任され、技術委員の西野委員長を辞任させて代表監督に抜擢!という超法規的な措置を取った前例が、田嶋会長にはあるではないか。

 結果的にロシアW杯ではベスト16という僥倖(ぎょうこう)に恵まれたとはいえ、その前に「技術委員会が真っ先に決めるのが我々のルール」という原理原則は守られなかった。

 カタール戦の結果いかんではまた、森保監督の進退問題がかまびすしくなるだろうが、田嶋会長には<我々のルール>を是非とも順守して欲しいものだ。

(六川亨/サッカージャーナリスト)