プロ野球南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天でも指揮を執った野村克也(のむら・かつや)さんが11日午前3時半、虚血性心不全のため死去した。84歳だった。

<現役時代の語録>

◆日本海の浜辺に咲く月見草 75年5月22日、通算600本塁打を放った後、「王や長嶋がひまわりなら、俺はひっそりと日本海に咲く月見草」と表現。人気球団のスターに強烈なライバル意識をのぞかせ、大きく報道してもらおうと1カ月前から用意したコメントだった。93年にはCD「俺の花だよ、月見草」をリリースしている。

◆生涯一捕手 南海では選手兼任監督を務めながらも解任。その後「ボロボロになるまで生涯一捕手を貫きます」とロッテ−西武を渡り歩き、45歳まで現役を続けた。引退時は「もう1回生まれてきても、またキャッチャーをやりたい」。

◆人生に引退はない 現役引退しても「人間を引退するわけではない」と感じたという。積んできた人生経験に価値を見いだした。

◆念ずれば花開く サイン色紙に書き入れるほどの座右の銘。テスト生からはい上がった苦労人の生きざまが表れている。