プロ野球南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天でも指揮を執った野村克也(のむら・かつや)さんが11日午前3時半、虚血性心不全のため死去した。84歳だった。

<ヤクルト時代の語録>

◆ID野球 持論は「野球は頭を使ってやるもの。頭や」。80年代の評論家時代はストライクゾーンを9分割した「野村スコープ」でテレビ解説した。90年にヤクルト監督に就任すると、データを重視する(Import Data)ID野球を掲げた。

◆勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし 「勝因には奇跡やまぐれがあるが、敗因にはセオリーから外れるなど必然性がある」の意味。江戸時代の剣術の達人、松浦静山の剣術書「剣談」から引用した。

◆心が変われば人生は変わる 兼任監督の南海時代に江夏豊、山内新一、ヤクルトで田畑一也や、巨人との97年開幕戦で3本塁打の小早川毅彦、楽天で山崎武司ら移籍選手を活躍させ「野村再生工場」の異名を取った。

◆「失敗と書いて、せいちょう(成長)と読む」 大切なのは失敗した後。「再生工場」にも通じる名言。

◆無視、称賛、非難 選手への接し方をレベルに合わせて変える。要求が高くなるほど言葉も厳しくなり、非難する選手には、実は最上級の評価をした。期待するからボヤく。ヤクルト古田は非難され続け、名捕手に成長した。