亡き母の言葉を胸に−。スピードスケートで五輪3大会出場の白幡圭史氏(46)が、今春から帯広南商高スケート部監督として指導を開始した。1万メートルで日本歴代最高の4位となった02年ソルトレークシティー五輪後に現役引退し、日本連盟強化副部長などの要職を歴任。教職に就くことを望んでいた母和子さん(享年67)の思いを胸に、今春から高校教員となり、再び最前線で選手育成の現場に立つ。

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「教職、取りなよ」。四半世紀前に母から言われた言葉に背中を押された白幡監督が、46歳で教員となり故郷から選手を送り出す。新型コロナウイルスの影響で休止していた練習が6月から再開。「就任1年目なので選手たちがどこまでスケートを知っているかに食い込んでいきたい」。女子部員11人に経験と愛情を注ぎ込んでいる。

現役引退から18年。「公の人間として世界でやらせてもらった恩返しができるんじゃないか」。今春から帯広南商高の公民教諭として1年生5クラスを教える。「毎日が勉強」と額に汗しながらも、定年まで残り十数年という中で教壇に立つ覚悟を決めた。

16年2月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)で母が他界。「亡くなった後、母の言葉を思い出して再び火が付いた」。進学した専大では過酷な競技生活で断念した教職の道。今回は違った。18年3月に釧路市スポーツ財団を辞め、翌月には通信制大学に入学。2年間かけて免許を取得し、今春から高木菜那、美帆姉妹を育てた東出俊一氏から同校の指導を引き継いだ。

競技の歴史や栄養学の座学を取り入れるなど、独自のスタイルも導入。08年に日本オリンピック委員会海外研修員として1年間オランダ留学。高地トレや脈拍の計測など基本的なことは変わらないが、個性を尊重する指導に差を感じ「10人いる選手に同じ言葉を掛けない。個性、人間性を見て接する」ことを信条にする。唯一の3年生部員の永井舞主将(3年)は「言葉や行動の1つ1つを学びたい」と目を輝かせる。

10年から日本連盟でジュニア世代の育成にあたった。平昌五輪女子団体追い抜き金の高木姉妹や今年3月の世界選手権で自身以来23年ぶりにメダルを獲得した一戸誠太郎ら若手が活躍する現状にも「世界で活躍しないと競技は衰退する」。だからこそ次世代育成の最前線に立ち「息の長い選手を育てたい」。リンクを溶かすほどの情熱を胸に、新人先生の挑戦が始まる。【浅水友輝】

◆白幡圭史(しらはた・けいじ)1973年(昭48)10月8日、釧路市生まれ。釧路商高−専大−コクド。W杯通算3勝。五輪は92年アルベールビル、98年長野、02年ソルトレークシティーの3大会出場。10年から日本連盟でジュニア世代の育成を担当。18年4月発足のナショナルチームの下部組織「ディベロップメントチーム」では今年3月まで監督を務めた。今春から帯広南商の公民教諭。家族は夫人と2男2女。

◆主なスピードスケート五輪選手の高校指導者 帯広南商の白幡監督のほか、5000メートルで長野五輪出場の野崎貴裕氏が芽室、94年リレハンメル大会を皮切りに五輪5度出場の田畑真紀氏が現役を続けながら駒大苫小牧で指導をしている。道外では中長距離で五輪2大会出場の野明弘幸氏が長野・岡谷南で監督を務めている。