通知表ない桐朋 JAL女性機長が過ごした自由な時間

日本航空機長の藤明里さん(50)は日本で初めて女性の旅客機機長という道を開いたパイオニアだ。航空大学校は当時の身長制限で受験できず、航空会社の自社養成パイロットへの採用も女性の前例はなかった時代だった。大学卒業から6年間、空とは無関係な仕事も経験しながら、諦めずにパイロットの道を目指した。その原点は、自由を尊重し可能性を否定されることのなかった桐朋学園での日々にある。

小学4年の時、東京都調布市の桐朋小学校に編入した。

それまでは近所の公立小でした。編入することになったきっかけは、2歳下の弟が桐朋小学校に入学したことでした。母が弟の幼稚園のお母さん仲間から、「桐朋という学校は面白いらしい」と聞いてきて、急に小学校受験することになったようでした。

弟が桐朋小に通う様子は、まだ小学3年だった私にも衝撃的でした。何しろ、ランドセルが空っぽ。教科書などは何も入れず、お弁当箱だけ持って通っている。バス2本と電車を乗り継いで通っているのに、なぜか楽しそうで、なんとなく「いいなあ」と思っていました。

両親は、桐朋に深い思い入れがあって受験させたわけでもなかったと思うのですが、息子が自由に楽しそうに過ごすのを見て、いい学校だと思ったのでしょうね。ちょうど、私の学年で編入募集があることがわかり、「受けてみる?」と。

編入試験でよく覚えていることがあります。何十人か受けにきていたのですが、これから試験が始まるという時に、先生が「何か質問がある人はいますか?」と声をかけたんですね。私を含め数人の子が手を挙げましたが、私もその子も合格しました。

私はすごく勉強ができる方ではありませんでしたが、合格できたのは、もしかしたらこういう姿勢を学校が見ていたのかなと思います。母も面接で「どんなお子さんですか」と聞かれて、「失敗を恐れない子です」と答えたそうです。物怖じせず、やってみる姿勢のある子供が自然と集まる学校なのかなと。そういう子達を、のびのびと、規制せず、放牧したような学校でした。


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