大型シャベルのツメなどの重機や、動力車と荷台をつなぐカプラーベースなどトラック・鉄道向けの大型鋳鋼部品の製造で国内トップの実績を持つ昭和電気鋳鋼(群馬県高崎市)の手塚加津子社長。中学校から入学した聖心女子学院と聖心女子大学を経て教職に就いたが、2001年に亡くなった父の後を継いで始めて実業の世界に飛び込んだ。

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入社して最初は総務部長に就任。社業全般を見渡して会社を把握しようと心がけたが、女子校出身で「ものづくり」に縁がない世界から来た新参者に、社内の目は冷ややかだった。

初めて工場の中に入ってみて驚いたのは、全体的に暗くて工具類もあまり整理整頓されておらず、まさにカオスといった状態だったことです。働いている従業員はみんな煤(すす)で真っ黒になりながら、火花を散らして鉄と戦っているという感じで。

私は「ものづくり」については素人でしたが、現場が汚れている、散らかっているという状態では、生産性が上がらないのではと直感しました。中学生になるときに聖心女子学院に入って、最初の1年間は寄宿舎にいてきちんとした生活を送るよう、(カトリック系の同校にいた)シスターの方々に厳しく仕込まれていたこともあったと思います。入社して総務部長になってからは「まずは職場をきれいにしましょう」と、掃除活動の徹底に乗り出しました。

大型建機などの部品を造る、男性の職人が多い職場でしたから、最初はやはり掃除活動に対する反発は非常に強かったんです。「なんで女が」とか「何も分からないヤツが口を出すな」といった批判的な態度がありありでした。中小企業では創業家出身の社長というのは、若い頃から職場に入って自分でも様々な現場経験を積んで職人技も持っている、そして後を継いだら経営者として指導に当たっているというケースがとても多いのですが、私はそういうことが全くできません。自分の経験に基づいた指図でないと、プライドを持った職人は従えない傾向が強かったのです。

でも、こちらは「今のままでは会社が潰れる」と思っていましたから、必死でした。もちろん、ひとりで掃除しても何もなりません。職場全体に掃除するということを継続的に働きかけて習慣化させることが企業風土を変えることだと考えていました。経験もない私がやれたことは、「掃除をして職場がきれいになれば、このような効果や結果が出るでしょう?」と、地道に自ら行動していくことでした。仕事を成功させるには、人を説得して巻き込んでいくしかない。「こうすれば、こうなる」と先の姿、将来像を見せて、だから「一緒にやりましょうね」とお願いしていく。経営者としてできることは、こうした「巻き込み力」が重要なのです。