石川県内にとどまらず、日本の旅館の代表格である加賀屋(同県七尾市)。3代目の社長で現取締役相談役の小田禎彦氏は、旅行業界紙の「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で長く連続日本一に選出されたサービスの礎を築いてきた。小田氏の「仕事人秘録」第8回では、相次いで取り組んだ設備投資を振り返ります。

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■新たな投資でぜいたくな造りに

1980年代後半、日本はバブル景気へと向かっていく。加賀屋は89年、150億円を投じて新棟「雪月花」を建設する。8年前に建てた「能登渚亭」の3倍以上の投資額だった。

能登渚亭の人気は続き、保育園付きの母子寮「カンガルーハウス」を設けて客室係の確保にもメドがついてきた。加賀屋がもう一段、大きくなるにはさらに投資が必要だ。

参考になる材料を探しに、米国で18日間ホテルを見て回った。足を運んだのは約40カ所。50階建てのホテルなど、設備の豪華さには目を見張るばかり。何でも見ようと調理場をのぞくと、米国人のコックに包丁を投げられるという冷や汗が出る経験もした。

日本も好景気、豪華なホテルの時代が来る。雪月花はぜいたくな造りにしようと決めた。当時の旅館としては日本一の20階建てにし、千人を収容できるコンベンションホールやディスコも備えた。1人8万〜20万円の特別客室「浜離宮」も、今振り返るとバブルならではの発想だろう。