心不全は、高齢化の進行に伴って急速に患者が増えつつある。長期にわたって症状の悪化と改善を繰り返しながら病状が進行、患者や家族の負担も少なくない。患者の苦痛や精神的負担を減らし、生活の質(QOL)を保ちながら、訪問診療などと組み合わせて治療しようという緩和ケアの取り組みが進みつつある。

緩和ケアというとがん患者での取り組みが広く知られ、病気の終末期に行われるものだという印象が強い。しかし心不全の緩和ケアに取り組む医療法人社団ゆみの(東京・豊島)の理事長、弓野大医師は「死ぬというイメージではなく、QOLを保って生活する。生活の場で病状を悪くさせないことが大切」と説明する。

心不全が進行すると、呼吸困難や痛み、むくみなどの症状が現れ、倦怠感や食欲不振などにも悩まされる。比較的病状が軽い段階でも、急に症状が悪化して、突然亡くなることもある。身体的な苦痛だけでなく精神的な不安なども重なり、患者だけでなく家族の負担も重くなりがちだ。

徐々に病状が進行して終末期を迎えるがんとは違い、心不全は、早い段階から症状に合わせた緩和ケアが求められる。症状を抑えるために食事の塩分を控えたり、運動しすぎたりしないようにすることも必要だ。苦痛や負担を緩和するため、医師や看護師だけでなく介護担当者、管理栄養士、ソーシャルワーカーなど様々な分野のスタッフが協力して緩和ケアを提供する。

心不全で何回も入退院を繰り返した76歳の男性は、ゆみの傘下のクリニックが昨年から実施している緩和ケアを訪問診療で受けている。男性は心筋梗塞を起こした後、2007年に初めて心不全で入院。退院してもすぐに症状が悪化し、再入院したこともあるという。

訪問した医師は胸に聴診器を当てながら「元気になってきたね」と男性に声をかける。訪問診療は月1〜2回だが、介護センターと連携、問題が生じると医師にも連絡が届く。「来る人が決まっているので、思ったこともはなしやすい」と男性の妻は話す。

訪問診療を始めてから症状が悪化したこともあったが在宅のまま投薬などの治療で回復し、入院せずにすんだ。歩くこともままならない時期があったが、調子のよいときは近所に好きな炭酸水を買いに行くこともできるようになった。以前はよく水を飲み過ぎて苦しくなることがあった。しかしいろいろな利尿剤を試すなどして喉の渇きが改善した。その結果、薬の量が減り「水をがぶ飲みすることがなくなった」という。

症状が悪化した場合、入院すると安心だが患者の自由度は低く必ずしもQOL向上にはならない。筋力が落ちるなどの影響も出やすい。

一方、在宅では個人の生活に合わせた治療ができる。「(在宅で)緩和ケアはやりやすい」とゆみのの斎藤慶子在宅療養支援室室長は説明する。

2018年度から心不全の緩和ケアに対して保険が適用となった。在宅で心電図の測定や人工心臓の管理など、入院時とほぼ同等の診療もできるため、「診察できない患者はまずいない」(弓野医師)。

ただ、末期のがんは毎日でも訪問看護を受けられるが、心不全は末期でも回数が限られるなど、課題も残っている。

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■世界で患者増加

心不全の患者は国内に約120万人いると推定され、2030年には130万人に達するという予測もある。国内だけでなく世界的に患者や死者が急速に増えていることから、新型コロナウイルスの流行でよく耳にした「パンデミック(世界的大流行)」に例えられることもある。

日本循環器学会と日本心不全学会は、心不全を「心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と定義している。心筋梗塞や高血圧、不整脈など循環器の病気のほか、糖尿病や脂質異常といった生活習慣病が原因になることも少なくない。就寝時に咳が出て眠れない、横になると息苦しいなどの症状があるときは心不全の可能性があり、専門家は早めの受診を勧めている。

(編集委員 小玉祥司)

[日本経済新聞夕刊2020年7月1日付]