寅さんこと、車寅次郎のことを、かっこいいと思えるようになったのは、40歳を過ぎたころからだったと思う。若い頃には、あの少しずれた正義感で騒動を起こし、周囲に迷惑ばかりかける寅さんを、どうしても好きになれなかった。憧れの先輩たちの中に、少なからず寅さんファンを自称する人たちがいて、『男はつらいよ』について熱く語り合うのを聞いても、正直、まるでピンと来なかったのである。

■「謎」多かった腕時計

ところが、社会人を20年以上続け、自分も少しは大人になったのだろう。数年前からDVDで『男はつらいよ』を見直すようになると、寅さんに対する感情はまったく違うものになった。人情があって隣人に優しい。確かに空気は読めないが、時に核心をつくセリフを繰り出す。行動力も人一倍で、思いついたらすぐに実践。言葉で相手を打ち負かすたんかは小気味よく、ディベート力は半端ない。ある意味では自分の“理想の男”像をそこに見たのである。

かっこいいと感じたのは、何も人間性ばかりではない。見た目的にも十分にイカしていた。かばんはいつもアンティークのトランク。雪駄の鼻緒はエキゾチックレザー(パイソン)で、底にコードバン(希少性の高いホースレザー)を用いた特注品だったという。もちろん、シャツやジャケットも寅さんのために仕立てられているのでジャストフィット。ビジネスパーソンで言うならば、スーツからシューズまでビスポークで固め、遊び心にヴィンテージの小物を使いこなす、といったところだろうか。

こうなると、当然、気になるのが腕時計である。実は、寅さんが愛用していた時計については、これまで多くが語られることがなかった。ジェームズ・ボンドやルパン三世の愛用時計については誰もがよく語るのに、なぜか寅さんの時計については誰も話さない。結論から言えば、1965年にセイコーが発売した、国産初のダイバーズウオッチ(セイコー1965メカニカルダイバーズ、型番6217-8001)こそが、寅さんがシリーズ初期に装着していた腕時計である。