杉本亀吉氏の遺品から見つかった「原爆学級」の調査報告書

 長崎原爆被災者協議会(被災協)の初代会長、杉本亀吉氏=1979年、77歳で死去=の長崎市の遺族宅で、被爆児と非被爆児の成長を比較調査した「原爆学級」の報告書が見つかった。原爆で妻子を失いながら、被爆者支援の人生を貫いた杉本氏の功績は時代に埋もれ、あまり知られていない。専門家は「(報告書の存在は)杉本氏が活動の先駆者だった事実を証明する」と指摘している。

 「被爆児の心身発達について」と題されたガリ版刷りの報告書は70ページ超。52年、爆心地に近い城山小に設置された学級での1年に及ぶ身体と学力の成長などの比較調査をまとめている。当時は教育関係者らに配布されたが、市教育委員会が現存を確認しているのは、保管する1冊に続き今回が2冊目という。

 報告書では「被爆児は非被爆児に疲労回復などで劣る」との分析が示されたが、学級は40人程度で調査対象が少なく、その後に活用された記録はない。卒業後にがんや白血病で早くに亡くなったケースもあり、健康面への影響について、調査結果を生かして何かできなかったかと悔やんだ教員もいる。

 警防団を務めた杉本氏は被爆直後から救護に当たり、がれき下で妻、長女、三男を見つけたのは2日後だった。終戦2年後に市議になって被爆者の公的支援を求め、56年には被災協の初代会長に就任。翌年の原爆医療法(現被爆者援護法)成立に向けて奔走した。72年出版の自著には報告書に関する記述があり、活動の下支えになっていたとみられる。

 長崎原爆資料館の奥野正太郎学芸員は「(被爆者支援に人生を懸けた)杉本氏の思いを裏付ける証拠だ」と指摘。近く報告書の寄贈を受ける被災協の横山照子副会長(78)は「貴重な資料を保存、活用していきたい」と話している。 (華山哲幸)