古川真人さんの創作を指導した福岡第一高の森山由実教頭平戸市の的山大島の地図

 4度目の候補で芥川賞に決まった古川真人(まこと)さん(31)=福岡市出身=は、受賞作も含め、ルーツの長崎県の島が舞台とみられる小説を書き続けてきた。母親(60)が同県平戸市的山(あづち)大島出身。作品世界に影響を与えた島の住民や親族たちからも歓喜の声が相次いだ。

 受賞作は、島へ草刈りに来た親族を「おーい、来たな。上がんない」と女性が方言で出迎える。この女性が母方の祖母、内田玲子さん(88)によく似ているという。

 受賞が決まると、内田さん宅に隣人の白石くみ子さん(65)が駆け込んだ。「真人君、受賞したよ」。結果をスマートフォンで示された内田さんは「ほんとねえ。ありがとう、ありがとう。うれしかよー」と涙声で言葉を振り絞った。

 「(受賞を)聞いて、どきどきしてきたばい」

 白石さんも「島中のみんなで祝いたい気分。2年前の正月に握手しておいて良かった」と声を弾ませた。

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 古川さんは、現在の第一薬科大付属高(福岡市)時代、小説や詩、マンガなどを創作する「創詩塾」という学内活動で腕を磨いた。3年間指導した福岡第一高の森山由実教頭(57)の喜びもひとしおだ。

 塾は生徒の個性を伸ばすためにさまざまな分野で設けられ、姉妹校の両校生徒が参加。森山さんが最初に読んだのは原稿用紙に万年筆で書かれた作品だった。一文が長い独特の文体を「絶対に変えないように」と助言した上で提案した。

 「もう少し身近な問題に目線を引き寄せたら」

 古川さんは、2年時に高校生の会話を通じて労働の意味を問う短編小説で、全国公募コンテストの最優秀賞に輝いた。3年時には現在に近い作風を既に確立しつつあり、森山さんは紀州を舞台に濃密な文体で自らのルーツを見つめた中上健次さんの小説を薦めた。

 助走期を導いた恩師は「これからも自分の作品、文体の個性を信じて書き続けてほしい」とエールを送った。 (福田章、藤原賢吾)