ソフトバンク2020新人紹介 ドラフト4位・小林珠維(上)

 4年連続日本一を目指すソフトバンクに12人(支配下5人、育成7人)のルーキーが入団した。球団では41年ぶりに外野手の1位となった佐藤直樹をはじめ、支配下選手は社会人、大学生の即戦力候補が4人。1年目の活躍も期待される顔ぶれとなった新人たちの横顔を紹介する。

 珠維。まだ、同じ名の人に会ったことがない。「珍しいですよね。だいたい下の名前で呼ばれるので、気に入っています」。2001年5月7日、両親の故郷、北海道帯広市にて生まれた3718グラムの男児は「じゅい」と呼ばれ抱きかかえられた。

 名付けたのは母江理子(43)だ。「『珠』を使いたかった。じゅ…じゅら…じゅい。これだ!という直感です」。3歳上の兄由來(ゆうら)の読みに似せようとも思ったが、響きが気に入ったという。

 北の大地が身体能力を花開かせた。野球より先にセンスを見せたのはスケート。今もアイスホッケーを続ける父康秀(44)の手ほどきで、5歳の時にはリンクをすいすい滑り回った。小学生時代も「同級生に負けたことはない」と氷上で他を圧倒した。

 野球を始めたのは小学1年の時。先にクラブに入っていた由來の背中を追うように浦河堺町ファイターズで、小2からは転校先の登別青葉パワーズでプレーした。ただ、雪深くなる冬に屋外で満足に野球ができないのは北海道であればどこも同じ。江理子が新聞紙を丸めたボールを自宅で打ち込んでいた2人には別の特訓が待ち受けていた。

 コーチ役は康秀だ。週3度はリンクに向かい、2時間以上もスピードスケートで2人を追い込んだ。小林が振り返る。「足腰はどのスポーツでも大事だし、バランス感覚も鍛えられる。やっていてよかったと本当に思う」。めきめきと力をつける中、腕試しのチャンスが小6で訪れる。

 NPB12球団ジュニアトーナメントに出場する日本ハムジュニアの選考会に参加。約900人の中から、合格者18人という狭き門を突破してメンバー入りした。札幌ドームで行われた大会では準決勝でタイブレークの末に敗退したものの、全3試合で先発マウンドを任された。

 「小さいころからの夢が一つかなった。札幌ドームで投げたことで、またいつかここに戻って投げたいと思えた」

 プロ野球選手は夢ではなく明確な目標に変わった。中学進学のタイミングで、康秀の転勤に伴い一家は札幌市へ転居。小林は2度の全国制覇を誇る硬式チーム、札幌新琴似シニアの門をたたいた。希望に満ちあふれた12歳の少年は、そこで到底受け入れがたい現実を突きつけられることになる。 (鎌田真一郎)

(下)につづく