元福岡ソフトバンク川崎宗則内野手(38)の特別コラムが西日本スポーツでスタートする。第1回は現役続行の思い。米球界から2017年にソフトバンクへ復帰し、自律神経の病気から18年3月に一度は一線を退きながら、昨年7月に台湾プロ野球で現役復帰した。今年はここまで無所属ながら、台湾での現役続行を目指しトレーニングを続けている。その胸の内を明かした。(聞き手・構成=森 淳)

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 今、野球界もスポーツ界も大変だし、医療関係の方、国のために働く人、みんな大変だと思う。頑張ってない人なんていないよ。

 このところ、家族で鹿児島の実家にいる。帰省していたら緊急事態宣言が出て、移動も難しくなった。まあしょうがない、ちょっと居ようかと話していたら、こっちも緊急事態宣言の対象になってね。子どもの学校が始まれば、福岡に戻ろうと思ってる。

 福岡でお世話になっていた練習場所も全部、閉鎖されてね。こっちも同じだけど、人は少ないからトレーニングはしやすい。まあ、できることは限られる。ランニング、肩をつくるキャッチボール。バッティングはなかなかできないから素振り。近くの公園で人がいないときに、野球部だった友達と「3密」避けてね。今は朝、昼、晩の3部練習。いろいろ工夫している。

 台湾で去年、守備でフライを追って飛び込んだ時、右肩を痛めちゃって。ずっと調子が悪かったけど、今はいい。ここ2カ月でやっと遠投の距離も伸びて、100メートルぐらい放れるようになった。今年は契約の関係で行けていないけど、また台湾のプロ野球に行くことが、今の夢だね。

 台湾にこだわる理由の一つは、日本と違う文化を勉強できるから。同じアジアでも違ってすごく面白い。去年プレーした味全は若い子が多かったこともあるけど、向こうはみんな思い切って、すごく楽しんでプレーしてるよ。ちっちゃい時の野球の心をそのまま持ってる感じ。みんなで励まし合えるしね。

 日本は野球に関してもシビアだよね。中学、高校からどうしても…甲子園もあるけど、勝つことに縛られてる部分がある。それも一つの正解だけどね。台湾の人たちも、もちろん勝つのが目標だけど、自分たちが壊れないように、楽しもうって気持ちを大事にしてる気がする。そこが面白い。

 そして台湾で一番やりたいことが、台湾の人の性格に合った野球を探すこと。俺は日本のプロ野球、アメリカの野球も6年やったけど、それぞれ違うんだよね、やり方が。台湾では、台湾の人の性格に合った野球を模索しないといけない。

 台湾の野球は今、すごくアメリカの野球を取り入れてると思う。先発の外国人投手は、ほとんどアメリカから。監督、コーチもアメリカから入ってきてる。

 最初は日本の野球が入ってきて、台湾の野球文化をつくったと聞いてる。バントやヒットエンドラン…そういう基礎を、ずっと昔の台湾の先輩たちは日本から学んで、台湾風にして。だけど、それじゃどうしても台湾は日本に勝てない。だから今、アメリカのスタイルを持ってきている。練習環境、考え方や、試合と、そこへのアプローチ。文化を取り入れようとしている。

 日本だって最初はアメリカのまねをした。ドジャース戦法って言葉があるでしょ。V9、王さんや長嶋さんの時代。巨人がドジャースのコーチを呼んだりして、アメリカの野球、基礎をたたき込んだ。足を使ったプレー、ヒットエンドランとか。中継ぎ、抑えの分業、先発投手の調整。野球のルールの中でできるプレー、作戦、方法を知った巨人は9連覇した。それを今度は他球団もまねして、巨人も10連覇はできなかった。

 野球のルールは世界中で変わらない。ベースのサイズも、27個のアウトを取ることも、取られないようにすることも。台湾は今、このルールの中でオリジナリティーをつくれるかというところだと思う。その過程がすごく面白いんだよね。

 去年再結成した味全は今年、まず2軍(のリーグ戦)に参入してる。1軍にも参入できる来年、また一緒にプレーできたら一番だね。最近、人の少ない夜に走ることも多いけど、ダッシュの仕方にも発見がある。自分自身のことで言えば、39歳になってもう一度、走りたい。スピーディーなプレーにもっともっと磨きをかけたいね。

 台湾プロ野球はいち早く開幕できたとはいえ、無観客で始まって、人数制限をしてお客さんを入れ始めたところ。向こうの試合中継を見て、選手とも連絡を取ってるけど、なるべく外にも出ないで感染しないように気をつけている。台湾への入境制限もあるかもしれないし、これからのことは想像できない部分もある。

 今まで普通に行われてきたことに、すごく感謝しないといけない。プロ野球はファンの存在あってこそだということも心底思った。今はいろんなことを見つめ直す時間でもある。また楽しく野球がプレーできる日が、必ず来ると思う。それまで人を傷つけないよう、そのためにまず自分自身も傷つかないよう、みんなで頑張っていけたらいい。(随時公開)

 ◆川崎宗則(かわさき・むねのり)1981年6月3日生まれ。鹿児島県姶良市出身。鹿児島工高からドラフト4位で2000年にダイエー入団。遊撃の定位置をつかんだ04年に盗塁王、最多安打。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各2度。06、09年WBC、08年北京五輪で日本代表。11年オフに海外FA権を行使しマリナーズに移籍。ブルージェイズ、カブスを経て17年にソフトバンクで日本球界に復帰。18年3月に自律神経の病気を公表し退団。昨年、台湾・味全に入団しコーチ兼任で現役復帰。180センチ、75キロ。右投げ左打ち。