来夏の東京パラリンピックに向け、競泳の作田祐也(22)=熊本県天草市出身=が地元熊本への“恩返し”となる大会初出場を目指している。西日本新聞社のメールによる取材に回答した。今春、熊本学園大を卒業し、あいおいニッセイ同和損保に入社。熊本支店に配属され、故郷でレベルアップを図っている。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で3月に予定されていた代表選考会は中止。作田は練習拠点にするはずだった母校の大学を使えず、自宅での筋力トレーニングや別のプールでの練習が中心となっている。「延期の1年間をチャンスと捉えたが、大会や合宿の中止が続いている。最大限の努力をして出場を目指したい」と前を向いた。

 左の手首から先がなく、脳梗塞の影響で右半身がまひした状態で生まれた。リハビリのために1歳から始めたのが水泳だった。本格的にパラリンピックを目指したきっかけは2006年。04年のアテネパラリンピック競泳男子200メートルメドレーリレーで銀メダルを獲得し、その後08年の北京大会で50メートル平泳ぎを制することになる鈴木孝幸との交流会に参加し、同じプールで泳いだことで刺激を受け、高いレベルを目標に掲げた。

 天草工高、熊本学園大で頭角を現し、昨年のジャパンパラ大会では100メートル平泳ぎで優勝し、200メートル個人メドレーで2位。現在は東京大会の派遣標準記録突破に向け、水の抵抗を少なくするフォームづくりに取り組んでいる。

 地元での活動にこだわるのは、16年の熊本地震の体験が大きい。大学入学直後、避難所となった大学は障がい者を積極的に受け入れた。作田は12年ロンドン五輪男子200メートル平泳ぎ銅メダリストの立石諒氏とともに炊き出しやボランティア活動に参加した。「立石選手の訪問には被災者もボランティアも元気づけられた」と振り返り「普通に生活できること、練習ができることに感謝した。震災の経験を経て、皆さんに希望を与えられるような水泳選手になりたいと感じるようになった」と語った。

 新型コロナウイルスの終息に見通しが立たない今も、その気持ちに変わりはない。「活動の制限がなくなれば、これまでの期間に感じた思いを胸に一分一秒を大切にして練習に集中したい」。地道な努力が花開く瞬間が来ることを信じている。 (松田達也)

 ◆作田祐也(さくだ・ゆうや)1997年8月1日生まれ。2010年にジャパンパラ大会に初出場。16年から日本身体障がい者水泳連盟の育成A指定。18、19年日本パラ選手権男子100メートル平泳ぎ優勝。今春入社したあいおいニッセイ同和損保には、マラソンの川内優輝と侑子の夫妻が所属。