【ニューマン・スカイラインの人気度分析! Vol.1】

スカイラインファンにとって、6代目R30でイメージするのは、前期型と後期型のどちらだろうか……。

 1981年8月にデビューしたR30は、箱スカからケンメリ、そしてジャパンへと受け継がれたデザインの「サーフィンライン」から脱却し、デザイナーの粂田起男氏が理想を追い求めて描いたウエッジシェイプにより、ダイナミックでスポーティーなフォルムを作り出している。「スカイラインが好きで日産に入社した」という粂田氏がこのデザインに着手したのは1978年のこと。当時の日本は第2次石油危機に見舞われると同時に、自動車業界では排ガス規制の真っただ中。この時期に販売されていた5代目C210(ジャパン)は、省エネやローエミッション(公害物質の排出が少ない)という逆風にさらされ、スカイラインとしての実力を存分に発揮できなかった。そのような背景もあって、粂田氏は大きな変革をデザイン面からもたらしたかったのかもしれない。

 そんな大きな変化が与えられたR30は、シャシーをC210からキャリーオーバー(旧モデルの主要部品を継続使用)。しかし、それまでのモデルは4気筒と6気筒で異なるホイールベースを採用していたが、6気筒のロングホイールベースに統一し、4気筒のTIシリーズと6気筒のGTシリーズというラインナップで登場した。ボディバリエーションは、4ドアセダン、2ドアハードトップ、ハッチバック、ライトバン(エステート)の4種。

 そして、R30にとって1つ目のトピックとなるのが、デビュー2カ月後に採用されたFJ20型エンジンの存在だ。自然吸気ながら最高出力150psという高性能を誇ったこの4気筒4バルブDOHCは、RSシリーズに搭載され、「スカイライン=スポーツ」という図式にマッチして大ヒット。そして、1983年2月には「史上最強のスカイライン」というキャッチコピーとともに、このエンジンにターボチャージャーを装着し最高出力190psにまでパワーアップしたターボRSが登場。これが2つ目。ちなみに、これだけの高性能を誇りながら、4気筒ゆえに「GT‐R」を名乗れなかったというのは有名な話。

 1983年8月には、3つ目のトピックとなるマイナーチェンジを実施し、大幅にデザインを変更になり「鉄仮面」が登場するが、後期型の話はVol.2で行う。

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