日本において「オークション」を最初に根づかせたのは中古車オークションだといってもいいだろう。今はインターネット上のオークションサイトに誰もが参加して、さまざまなモノが往来するようになっている。中古車オークションが始まった頃はもちろん、その後インターネットが普及するまで、オークションなんて別世界の出来事だった人がほとんどのはずだ。

 オークションとは「セリ売買」を指すことばだが、日本でも古くから行われてきた生鮮食料品等のセリとはちょっとニュアンスが異なる。一方で高級美術品などの競売もオークションと呼ばれるが、中古車オークションはそれともちょっと違い、より規模の大きい自動車業界におけるビジネスとして発展してきた。今や中古車マーケットの中核をなす流通ビジネスとして、全国で年間841万9295台が出品され、その年間取扱総額は2兆6098億円に達している(ともに2007年のデータ)。

人物 河西健雄
トヨタユーゼック代表取締役社長(取材当時)の河西健雄さん。自らオークションを運営し数々の現場を経験してきた。

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 その中古車オークションのルーツを探っていくと、当時のトヨタ中古自動車販売、現在のトヨタユーゼックにたどり着く。日本で初めての中古車オークションを今から42年前の1967年(昭和42年)5月に開催したのがこの会社だった。

「当時、トヨタ自動車工業(トヨタ自工)の役員だった豊田英二さんがアメリカに視察へ行き、すでに100年の歴史があった中古車オークションの状況を見て、日本にもこういった機能が必要なのではないか、と当時のトヨタ自動車販売(トヨタ自販)の神谷正太郎社長に提言したのがきっかけだったと聞いております。すでに日本でもモータリゼーションが進展しつつあった時代で、新車の販売台数を伸ばすためにも、中古車という二次流通を構築する必要性をお感じになっていたのだと思います」

 トヨタユーゼックの河西健雄代表取締役社長(取材当時)は、当時のことをこう語る。河西さんがトヨタ自販に入社したのは1973年なので、初オークション当時を知る由もないが、78年には中古車部中古車課に配属されており、オークションでマイクの前に立ち、コンダクター(セリを進める役)を務めたこともあるという。


日本初の中古車オークション
1967年、国内初のオークションが開催された。「中古車初のセリ市」としてニュースとなった歴史的光景。


 トヨタユーゼックの歴史を見ると、1955年に『トヨタ中古自動車販売株式会社』が設立され、翌56年には日本初の中古車展示場を東京・五反田に開設。それから10年余を経て日本初の中古車オークションであるTAA(トヨタオートオークション)を開催している。今や世界最大の自動車メーカーへと成長したトヨタだが、日本国内における中古自動車流通に関しても、いち早く土台を築いていたといえる。ちなみにその年、67年の出品台数は年間2336台と、2008年の75万9731台の300分の1以下だが、5月に東京・高輪プリンスホテルの駐車場で開催したのに加え、名古屋では同じ5月に吹上ホールで、大阪では寝屋川のトヨタ自販配車センターで開催するなど、東・名・大で6回のオークションを開催。オークションによる中古車流通を順調にスタートさせている。

「トヨタの販売店が下取り車などを出品し、それを中古車専業者の方々に落札して買っていただくシステムをTAAは作っていきました。当時は常設の会場は持たず、ディーラーや遊園地の駐車場などを借りて開催する形で、舗装されていない会場では雨が降れば泥んこになり、雪が降ればお客さんが来ないなど、けっこう苦労もありました。開催もせいぜい月1回程度で、毎週開催ができるようになったのはだいぶ後のことです。そんな状況でしたが、中古車オークションを日本の自動車流通に根づかせることで、信頼のある業者であれば規模に関係なく誰でもセリに参加でき、公平に流通に加われる土台を作ることができたわけです」

1970年代の中古車オークション
1970年頃のオークション風景。設備も整いお祭りのような雰囲気が漂う会場設備となっている。右から2番目に写るネクタイの男性は、お話をうかがった河西さん。



1973年にTAA二子玉川園で開催されたオークションの様子。テントの前をクルマが通り、入札を待つ。

 トヨタの販売店が出品するクルマだけに信用度も高く、多くの専業者がTAAに参加していった状況は想像に難くない。出品台数も70年代は年間3000〜5000台程度と大きくは伸びていないが、73年のオイルショック時も深刻な影響は受けずに、その後もほぼ右肩上がりで成長している。

「オイルショックの影響もゼロではありませんでしたが、せいぜい数カ月程度で、新車販売ほどの落ち込みはありませんでした。われわれの世界では、オイルショックがどうのこうのといった話題もあまり出てきませんね」

 そして81年9月には初の全天候型常設会場をオープンさせ、82年には出品台数が年間1万台を突破。その後ハイペースで伸び、88年には5万台を超え、97年に10万台を超えている。


中古車オークション会場
1981年に初の常設のオークション会場をオープンしたが、その後も続々とオープンさせ、常設会場は全国に広がっていった。1983年にオープンした名古屋の常設化オークション会場(写真上)。1984年には関東会場として千葉県市川市に常設されたオークション会場。完成記念フェアではコンパニオンの姿もあり、華やかだった(写真下)。


「もともとトヨタ中古自動車販売という会社は、中古車を購入するための金融会社としてスタートしているのですが、その後、中古車の需要と供給が増えて、効率的な中古車マーケットを作っていくことが不可欠になったのです。中古車オークションによってそのバランスが取れ、中古車価格を明確かつ公平に提示できる機能が整いますが、それは自動車ユーザーにとっても大きなメリットとなったと思います」

 初期の頃はホテルや遊園地の駐車場を借りて開催されていたTAA。紅白の幕が飾られ、コンダクターのコールで出てくるクルマを参加業者がセリ落としていくオークションはにぎやかで、お祭りのような華やかさもあったという。雨やホコリ、雪に悩まされることのなくなった全天候型の常設会場にその場が移ってからも、コンダクターのテンポのいいコールに沿って進むオークションはイベントとして盛り上がる面白さもあった。


現代の中古車オークション会場
現在のオークション風景。クルマが目の前を流れないので、みんながディスプレーを見つめている。これは1991年に導入されたポスシステムから発展したものと言える。


「91年には『ポスシステム』と呼ばれる画像オークションが導入され、99年には電話回線を使ったトヨタパソコンオークションが始まるなど、オークションもパソコンやインターネットを使った形態へと変化していきます。そして現在は常設会場でも、各席に置かれたディスプレーを見ながらセリを進めていく形態となり、オークションの状況も様変わりしましたね」

 常設会場の大型化が進み、取引台数も増加していくが、あわせてそれを支える車両検査態勢も増強。画面の表示で、その中古車のコンディションを細かいキズまで把握することができ、実際にクルマを見ないでセリが進んでいく形となった。

「それでも、いくらインターネットが発達したとはいえ、やはり常設会場での現車チェック部分を残しておく必要はあります。ネットと常設会場が両輪となり、取引が完結する今のシステムが、しばらくは続いていくものと思われます」

 コンダクターのかけ声と業者のコールが飛び交い、落札での現車の選択眼が必要とされたかつてのオークションとは様変わりしたが、中古車流通を担うオートオークションの重要性はさらに高まっている。40年前の、ノンビリした光景や雰囲気も捨てがたいが……。



掲載:ノスタルジックヒーロー 2009年12月号 Vol.136(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)