1980〜90年代にかけては日本の自動車史のなかでも希にみる発展を遂げ、既存のシリーズも新型車も高性能であり贅を尽くした設定のモデルが多数登場する。それから40年近くが経過し、令和の今となってヤングタイマーとして人気車となっている。そんな時代のクルマたちを快適に維持していくための情報源として、「ハチマルヒーロー」誌の読者から寄せられた質問をピックアップして、自動車評論家の片岡英明さんがわかりやすく解説。旧車の疑問にバッチリお答えする!!

関連記事:ロードスターがリトラじゃなくなったのはなぜ?〈80Times〉旧車の疑問にズバリ答える!|ハチマル的Q&A Part 3


Q
83年9月にデビューしたZ31フェアレディZは、前期と後期でフォルムが変わっています。デザインが変わったのはなぜですか? また、日産車で前期と後期でフォルムが大きく変わったクルマを教えてください。 宮城県/角田恭一さん


A
 型式「Z31」を与えられた3代目のフェアレディZは、モデルチェンジを機にシャシーからエンジンまで新しくなっている。2代目より全長は85mmも短くなっているが、基本的に日本の小型車枠のなかにボディサイズは収められている。トップモデルは3LのV型6気筒搭載車だが、日本では2Lモデルが主役だったのである。

 その当時は5ナンバーの小型車と3ナンバーの普通車とでは車格に大きな開きがあった。自動車税がベラボーに高いなど、維持費も大きく違ったのである。昭和の時代、普通車は一部の金持ちだけに許された贅沢な高級車だったのだ。だからおいそれと乗ることはできないもので、フェアレディZでも販売の主力は維持費の安い5ナンバー車だった。

 小型車には全長4.7m、全幅1.7m、全高2mという枠組みがある。エンジン排気量は2Lが上限。デザイナーは、その制約のなかでカッコいいクルマをデザインしようと努力した。フェアレディZの販売の主力は、北米を中心とする海外だったからボディサイズや排気量の制約はなかったという。しかし日本のスポーツカーファンのために税制面で有利な2Lモデルを設定し、小型車枠のなかに収めて送り出したのである。

 フラッグシップの300ZXは海外向けと同じように全幅を広げた。といってもワイド化はボディサイドにモールを追加しただけのささやかなものである。

 だが、86年10月には大がかりなマイナーチェンジを実施した。大きく変わったのはエクステリアデザインだ。スポーツカーとしては存在感が薄かったのでボディパネルを替え、筋肉質であることを際立たせたデザインとした。

Z31 フェアレディZ後期
86年のビッグマイナーチェンジを受けた後期型は、前期型の直線的なラインに対してグラマラスな造形の曲面を使ったものに。3Lモデルはワイドボディ化され、迫力のあるスタイリングとなっている。

 3Lモデルは「エアログラマラスフォルム」を身にまとい、たくましく生まれ変わる。これは日産の創立50周年を記念してアメリカで限定発売された『アニバーサリー』をモチーフにデザインされたものだ。全幅は2Lモデルより35mm広く、サイドシル下のステップも専用デザインとした。また、2Lモデルも小型車枠のなかで力強さを表現している。

 大胆なスキンチェンジを行ったのは新車効果が薄れ、販売が落ちたからだ。スポーツカーはデザインの良しあしが販売に大きく影響する。そこでデビューから4年目を前にフォルムを変え、人気を盛り返そうとしたのだ。

 前期型と後期型でデザインを大胆にチェンジする手法は、他のメーカーも常套手段としている。一時期、スバルは2年ごとにフロントマスクを変えていた。また、クラウンも4代目と9代目のときにデザインが酷評されたので、マイナーチェンジの機をとらえて大胆なスキンチェンジを敢行している。

 日産でも人気が低迷しているクルマを救済するために外観を大胆に化粧直しすることが多い。その代表は、ピニンファリーナの作といわれる60年代半ばのファミリーカーだ。63年秋に鳴り物入りで登場した2代目の410型ブルーバードは、尻下がりのデザインが不評で「醜いアヒルの子」と言われた。そこでマイナーチェンジでリアのトランク部分を持ち上げている。

 また、2代目セドリックは65年秋に流麗なフローイングラインを採用して登場したが、当時の日産ファンは拒絶反応を見せた。そこで68年秋に発売された後期型ではプレスラインを大幅に変え、ストレート基調の伸びやかなフォルムに生まれ変わる。この策が功を奏し、人気を盛り返した。

 最近ではウイングロードの成功があげられるだろう。99年5月にモデルチェンジしたが、平凡な顔立ちで目立たないワゴンだった。そこで若手のデザイナーを起用し、アグレッシブな顔立ちに整形する。01年秋にリデザインしてデビューしたが、これがヤング層を中心にバカ受けした。


掲載:ハチマルヒーロー 2009年12月号 Vol.12(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)