●64年式 アストン・マーチン DB5

 デビッド・ブラウン時代の最高傑作と言われた DB5

実業家であり貴族でもあったデビッド・ブラウンは、豊富な資金をつぎこみ、ベントレーの直列6気筒DOHCエンジンを搭載した高性能スポーツカーの生産を開始。


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 そのクルマには彼の頭文字をとってDBと名付け、アストン・マーチンのエンブレムにもDavid Brownの文字が入れられた。


4.0L水冷直列6気筒DOHCエンジン。シンプルに仕上げられたエンジンルームの中でひときわ目を引くのが手前に見える3連装されたSUキャブレター。DB4では高性能版のバンテージのみの装着だったが、DB5からは標準モデルにも搭載された



 1950年に登場したDB2はカロッツェリア・トゥーリングデザインによりスイリッシュに変化。続く51年に登場したDB3はレース専用に方向性を振ったが、それと同時に新設計の3.6Lオールアルミエンジンを搭載したDB4を開発。スーパーレッジーラと呼ばれた軽量ボディ構造を採用。1958年に発売された。

 そして63年にDB5が登場する。もともと生産台数が少なく、ほとんどが手作業だった当時のアストン・マーチンは1台生産するごとに進化していたため、DB4の最後期型モデルとDB5に大きな変化はない。そのため、傑作といわれたDB4がさらに熟成された形となり、最高傑作と称されるようになった。

 エンジンはDB4の240psに対して282psとなり、64年には314psのバンテージバージョンも登場。販売された期間はわずか2年のDB5だったが、その間も進化し続けた。特に問題視された4速マニュアルミッションは、ドイツZF製の5速マニュアルミッションへ変更。最終的には1025台が生産された。

 このあとに登場するDB6を含め、偉大な3部作と呼ばれたDBシリーズは72年にデビッド・ブラウンが経営から手を引くとともに終了。アストン・マーチンは再び経営者が次々と交代する不遇の時代へと逆戻りすることになった。

 アメリカのフォード社が傘下におさめ、DB7を発売したのが97年。つまり、再びDBシリーズが登場し、アストン・マーチン社が復活ののろしを上げるまで四半世紀もの間、経営は常に混乱した状態にあったのだ。 




意外にレーシーなコクピット。水温、油温に至るまで独立したメーターなので、もちろんオートウインドーなども装備され、高級車としての機能も充実。




当時オリジナルの本革製シート。リアシートは、大人2人が十分に乗れる広さ。




このコクピットに現在のカーオーディオは似合わないと、ヘッドユニットは助手席ダッシュボードに埋めまれた。フタをすると完全にクラシカルなコクピットに戻る。



掲載:ノスタルジックヒーロー 2012年12月号 Vol.154(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)