2020年は、戦後の日本文学界を代表する作家である三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内に立てこもり、割腹自殺を行った「三島事件」の発生からちょうど50年となる。
 今年は三島由紀夫を題材にした映画(『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』)が公開されていることもあり、再評価の兆しもある三島だが、その影響は死後も絶えず、現在に至るまで様々な形で世間から注目を集めている。

 そんな三島由紀夫だが、亡くなった直後、ある雑誌に「生首写真」が掲載されたことがあり、社会を賑わせたことがある。
 三島は市ヶ谷駐屯地の東部方面総監部にて総監を人質にするというクーデターを起こし、バルコニーで集まっていた自衛隊員にひとしきり演説した後、「盾の会」のメンバーの介錯を受けて割腹自殺を行った。三島の首は斬り落とされ丁寧に扱われたのだが、この時に写真に収めていた記者が何人かおり、その鮮明な写真は1984年に創刊された雑誌『FRIDAY』(講談社)に掲載されたことがある。
この『FRIDAY』創刊号に収められた三島の生首写真は、斬られた三島の顔を真正面から捉えたもので、見る人をギョッとさせたという。なお、この生首写真を掲載した『FRIDAY』は三島の遺族からの抗議により、「創刊から数日後に回収される」という伝説になっている。

 また、三島の生首に関する報道はもう一つあり、それは大手新聞社の朝日新聞の号外である。この号外では、事件後の総監室を遠くから写した写真が掲載されており、小さくではあるが三島と盾の会のメンバーである森田必勝のものと思われる生首が奇麗に並べて総監室に置かれている写真が掲載されたことがある。
 あまりに小さく不鮮明な写真ではあるが、この写真は全国の家庭に衝撃を与えたという(なお、夕刊ではショッキングな写真は使われず三島の演説中の写真が使われている)。

 今からわずか50年前の出来事であるが、当時のマスコミ報道の冷めた目線が垣間見える一枚と言えよう。