生死を分けたエピソード あの事件、事故で間一髪で命拾いした芸能人は大物ばかり

生死を分けたエピソード あの事件、事故で間一髪で命拾いした芸能人は大物ばかり

 9日夜、走行中の東海道新幹線車内で起きた乗客死傷事件。犯人は「誰でも良かった」と供述しているので、もし彼が別の列車や車両に乗っていても、同じような惨劇が起きていたかもしれない。実際SNS上には、「違う車両にいた」もしくは「この新幹線に乗車予定だった」という投稿が見受けられる。

 同じように、偶然が生死を分けた芸能人の命拾いエピソードを紹介しよう。まずはビートたけし。彼は1982年2月8日前夜、東京・永田町にある「ホテルニュージャパン」に泊まる予定だったという。

 「これは去年9月、『FNS27時間テレビ〜にほんのれきし』(フジテレビ系)で語っていることですが、ホテルニュージャパンはフジテレビのプロデューサーのコネでタダで泊まれるホテルだったそうです。北海道での仕事終わり、お金がなかった彼は一度はそこに泊まろうと思ったそうですが、仕事ではないので止めようと翻意。座付きの放送作家だった高田文夫のもとまで行って、お金を借りてプリンスホテルに泊まったそうです」(芸能ライター)

 その深夜、ホテルニュージャパンで火災事故が起き、宿泊客33人が亡くなった。たけしは「明くる朝、ニュース見て、真っ青になって。(血の気が)引いた、もう」と語っている。

 明石家さんまも命拾いした一人。彼は1985年8月12日、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)収録後、JAL日本航空123便で大阪入りするはずだった。

 だが、予定より早く収録が終わったため、1つ早いANA全日空便に変更。その後、彼が乗るはずだった便が群馬県上野村に墜落。乗員乗客524名中、520名が死亡した。

 「さんまはその夜、大阪の生ラジオ番組『MBSヤングタウン』(MBS)で、『いつも使ってる便やから…』とショックを隠し切れない様子でした」(芸能ライター)

 サンドウィッチマンの2人は7年前の東日本大震災の時、気仙沼でロケをしていたときに津波に遭ったが、高台に逃げて間一髪免れている。

 こうしたエピソードは今、ここに生きていることは、こうした偶然の積み重ねであることを教えてくれる。奇跡の連続である人生を大切に生きていきたいものだ。


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