ボールを持たずともチームを操る。ジュビロの“俊輔効果”とは何か。

ボールを持たずともチームを操る。ジュビロの“俊輔効果”とは何か。

 今季ホーム戦で負けなしだった“川崎劇場”と呼ばれる等々力陸上競技場に、ジュビロサポーターの歓喜の声が響き渡る。

 7月29日、豪雨のなかキックオフされた川崎と磐田の一戦は2−5という大差で磐田が勝利した。両チームともに連勝中の好調同士。しかし、3位の川崎と昨シーズンJ1に返り咲いたばかりの磐田との力の差は誰もが認めるところだった。

 今季のリーグ戦で横浜FMと並んで最少失点の磐田は、先制した試合ではすべて勝利している。

「川崎相手に先制点を獲れるのか? 先制点を奪われたら……という不安はあった」とディフェンスリーダーの大井健太郎は緊張感を持って試合に入った。試合は、8分に川辺駿が先制点をマークしたが、12分にエドゥアルド・ネットに同点弾を許す立ち上がり。

「セットプレーでの失点だったので、気持ちを切り替えることができた」と大井が語るように、24分にCKから櫻内渚が勝ち越し弾を決め、1−2で前半を終える。

 この時点では、まだ誰も安心はしていなかった。「とにかく後半立ち上がり15分はゼロで行こうと後半に入りました。そこからポンポンと得点を決めてくれたのは大きかった。川崎はマジ、メチャ巧かったから」と大井が振り返る。

 55分に川辺、59分にアダイウトン、61分には川又堅碁が次々とゴールネットを揺らして5得点。73分にムサエフが2枚目の警告で退場した後に1点を失ったものの、ジャイアントキリングは危なげなく達成された。

コーチは「間違いなく俊輔効果」と確信。

 この試合、川崎のシュートは22本、磐田は10本しか打っていない。それでも堅守速攻を貫いて鹿島、ガンバ、浦和に続き、強豪クラブを倒した。この日の勝利で13年ぶりに6連勝を飾った磐田は、勝ち点34の6位。3位ガンバとの勝ち点差はわずか1にまで接近している。

 磐田の鈴木秀人コーチは、チームの中心は中村俊輔だと話す。

「俊輔は人を見てサッカーができる選手。俊輔が気づいたことを周りの選手に伝え、そのすり合わせをたくさんしたことで、結果がついてきた。選手個々もレベルアップしていると感じる。間違いなく俊輔効果」

数字よりも、他の選手に与えた影響が大きい。

 昨シーズンを13位で終えた磐田は今季、前線で身体を張れる川又、ウズベキスタン代表の守備的MFムサエフ、そして中村俊輔を獲得。しかし12節を終わった時点では、4勝3分5敗の10位でしかなかった。俊輔のゴールもわずか2得点。数字からは“俊輔効果”を見て取ることはできない。

 たとえば勝利した川崎戦でも、前半の俊輔のボールタッチ数は16回だけだ。他の試合でも次々と配球するというよりも、その運動量とポジションで攻守のバランスをうまくとるプレーのほうが強く印象に残っている。

 しかし川崎戦で2ゴールを決めた21歳のボランチ、川辺の成長はまさに“俊輔効果”だった。

「常に俊さんから直接パスをもらおうとしてます。今日はそれがダメで、俊さん、堅碁くんと渡って、それを先制点にできたのは大きかった」

 広島からレンタル中の川辺が今季も磐田残留を決めたのは、俊輔の加入があったからだ。

「俊さんに預けて前へ出ていけば、チャンスになるシーンが多い。俊さんは本当にミスをしないし、みんながボールを預ける選手だから、僕もそういう選手になりたい。ボールタッチ数が少なくても、そのなかで高いクオリティを発揮するのが一流だと思うし、堅碁くんもそうですけど、俊さんを見て学ぶことが多い。そういう選手がそばにいるから、自分も今日結果を残すことができたと思います」

他の選手の弱点をかばいあうジュビロのスタイル。

 ボランチの川辺と俊輔は、同じ右サイドでコンビを組むことが多い。俊輔にボールが収まると川辺が前線へと走り出すのだ。2人の良好な関係は、「僕のネガティブな部分を駿がつぶして、駿が持っていないものを僕が出す」という俊輔の言葉からも伝わってきた。そしてそれが2人だけの関係ではないと俊輔が話す。

「アダ(アダウイトン)が持っていないものを川又が、川又が持っていないものをアダがという風に、チームメイトのポジティブじゃない部分をカバーして、他の人が色を出しやすい状況を作るというのを、みんながわかってきていると思う。僕も、今日は別に何もやっていない。ボールも触っていないし。それでも勝ちに持っていく術を、個人じゃなくてチームとしてどう見つけていくのかという部分で、今は勉強になっている」

ボールを持たずともチームを動かす司令塔に。

 ゲームが切れると、周囲の選手と話す俊輔。その会話が濃厚であることは、俊輔の手の動きや、ジッとそれを聞くチームメイトの様子から伝わってくる。

「見えやすいからかな。とにかく気になることがいっぱいあるから、それを伝えている。たとえば、どうしても右からの攻めが多くなる。それはアダのポジションが高いからだけど、守備をしろ、戻れと常々言っている。それは守備のことだけじゃなくて、戻るという意識を持って『低い位置からスタートしたほうがお前の良さが出るから、戻って前を向け』と。その選手の良さが出やすいフォーメーションがあるから」

 試合の流れ、相手の状況……それを見ながら、俊輔がチームを修正する。パスでチームを動かしてきた司令塔は今、ボールを持たずとも、チームやゲームをコントロールする指揮官となった。堅守速攻というスタイルで強敵を倒すうえでは、前線でボールをキープできる「川又とアダの存在は大きい」と俊輔はいう。

 その俊輔は以前、「ジュビロの選手は真面目だし、純粋なんだ」とも話していた。

「今日、名波さんがホワイトボードに『泥臭く』って書いた。きっとそんなの書きたくなかっただろうけれど、川崎相手じゃしょうがない。あれだけいい選手が揃っているチームなんだから。そこは腹をくくって、覚悟を決めてやらないといけない。

 選手個々の能力では、完全に向こうのほうが上だけど、僕らは能力の強くないところを隠しながら、2を3にする作業が良くなっているし、これからも良くなると思う。変な欲を見せるキャラの選手はいないしね。ひとつひとつという感じで、実直にやっていけばいい。能力が低くとも、結束力は強いから」

「面白い試合だったね。弱いチームが勝つのは」

 そんな俊輔の言葉を聞きながら、思い出した彼の言葉がある。

「『ファインディング・ニモ』じゃないけど、小さな魚でもそれがひとつになることで、大きな魚を倒すことはできるんじゃないかな」

 そう語っていたのは、2006年のワールドカップドイツ大会前だ。世界の強豪国相手に個の能力で劣っても、組織力でそれをカバーできると俊輔は考えていた。

 記者の輪が崩れ、ミックスゾーンをあとにする俊輔に「今、磐田でやっている作業は、世界と戦う日本代表と同じなんじゃないか?」と訊いてみた。

「うん。それに近いところはあるかもしれない」と同意したが、彼の思考はすぐに現在に戻ってくる。

「アダと川又が孤立してしまうと、彼らの力が発揮できない。孤立させないというのは、近くに寄ることばかりじゃなくて、離れていても2人の良さを一瞬で引きだすことはできるはず。それにしても今日は面白い試合だったね。弱いチームが、強いチームに勝つっていうのは……」

監督がピッチの上にいるような感覚さえ与える。

 二桁得点をマークして横浜FMで優勝争いを演じ、JリーグMVPを受賞した2013年シーズン、俊輔は攻守に渡る献身性を体現していた。

 キャプテンマークに込められた新たな重責がモチベーションとなり、ピッチで奮闘したシーズンだった。いつの日か訪れるだろう現役引退を迎えるのも横浜の地だと誰もが考えていたし、俊輔自身もそうだったに違いない。

 それでも、人生は何が起こるかはわからない。クラブの経営方針が変わり、2017年1月に磐田への移籍が発表される。

 38歳で初めての国内移籍。大きな挑戦で気負う部分もあっただろう。成績が向上しないなかで模索を続けながら、俊輔はジュビロ磐田での居場所、仕事を見つけた。自身が持つ技術やプレー能力だけで先頭に立ってチームを引っ張るのではなく、一歩引いた場所でチームメイトの良さを引き出し、チームを修正する。そんな俊輔の存在は、まるで監督がピッチにいるような感覚さえある。それは、彼の仕事を尊重する名波監督の望む形でもあるのだろう。

“俊輔効果”は確実に存在する。

 10年前と同じようにはできなくなったプレーもあるかもしれない。しかし、10年前には見えなかったものが、今は見えるということもあるだろう。

 新天地で新たな“勉強”ができているという俊輔。状況に順応するための術を見つけて、それに力を尽くす。思考を転換する巧みさが、中村俊輔を今なお進化させる。

 そして、この川崎戦前半での勝ち越しにつながるコーナーキックを蹴ったのは、もちろん俊輔だった。キックの精度の高さは健在だ。

 磐田の快進撃の行方や結末がどうなるかは今はまだわからない。

 けれど川辺や川又、アダイウトンをはじめ、俊輔と共にプレーした多くの選手に成長する機会が訪れることは間違いない。

 試合終了後、等々力のアウェイスタンドを埋めたジュビロサポーターのもとへ挨拶へ行き、ロッカーへ戻るまでの間、俊輔は途中出場の松浦拓弥とずっと話し込んでいた。サッカーの話をしているだろうことは彼らの真剣な顔を見ればわかる。ここにも“俊輔効果”が表れていた。

文=寺野典子

photograph by Getty Images/J.LEAGUE

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