スポーツクライミング界初メダルを!野中生萌&野口啓代、五輪への思い。

スポーツクライミング界初メダルを!野中生萌&野口啓代、五輪への思い。

国内のスポーツクライミング界をけん引し、
世界のトップに君臨する女性クライマー。
東京オリンピックでも有力なメダル候補と
期待される二人が熱い思いを聞かせてくれた。
Number926号(4月26日発売)の特集を全文掲載します。

 2020年東京オリンピックで新たに実施される競技、スポーツクライミング。ボルダリング、リード、スピードの3種目の合計で競われるが、なかでもボルダリングの競技人口は増加の一途をたどり、注目が集まっている。

 '05年、高校1年時に世界選手権リード種目で日本人女子初の表彰台となる3位入賞し、以降、第一人者として活躍する野口啓代と昨年の世界選手権ボルダリング種目で銀メダルを獲得した野中生萌。日本女子トップ2が、競技の魅力や東京オリンピックへ向けての思いを語った。

クライミングウォールを登り切って味わえる達成感。

――お二人は幼い頃からスポーツクライミングをされていますが、クライマーとして生きる覚悟を決めたのはいつ頃ですか。

野口 高校生で進路を決める頃に、大学に行くか、行かずにワールドカップを転戦するかで迷った時期がありました。最終的に大学へ進学したのですが、入学した年に初めてワールドカップで優勝することができて。その優勝が後押しになってプロとして活動することを決めました。その後、大学も1年で辞め、世界一になりたいという一心で、今日までクライミングを続けてきました。

野中 私は啓代ちゃんたちがプロとして世界のトップで既に活躍していた頃、ちょうど進路を決める時期を迎えていたんですが、先輩たちがいたからこそ、迷うことはなかったですね。クライマーとしてやっていこうと心に決めました。クライミングが大好きで、この競技を極めたいという思いが強かったことも大きいです。

――クライミング競技の魅力とは。

野口 やはり、クライミングウォールを登り切ったときに味わえる達成感ではないでしょうか。もちろん、コンペ(大会)でいい結果を出した時もそれは感じられますが、ずっと登れなかった「課題」(壁一面に色とりどりのホールドが付けられ、使用できるホールドが指定されたもの)をクリアし、登り切れた時の嬉しさや、ある種の達成感は格別です。逆に言えば、大会で結果を残したとしても、納得のいくトライや登りができていなければ、ちょっと不満が残ってしまう。難しいところですね。

野中 私もその達成感が、クライミングの大きな魅力だと感じています。それに、個人競技でありながらも、いろいろな人とのかかわりがあって、コミュニケーションが多いスポーツでもあります。トレーニングでは「課題」をどう攻略していくのか、仲間と策を出し合いながら答えを見つけられるのも、魅力の1つだと思います。

「登りたい」と思えている時は、とても体が軽い。

――思うようなトライができない時は、どのように気持ちを切り替えていますか。

野中 まったく「課題」がクリアできないような時には、私はひたすら打ち(登り)続けるタイプです。そういう時は自分自身に怒っているんですけど、周囲に対して、「絶対近寄れない」という雰囲気を醸し出しているかも(笑)。でも、そういった視線を感じながらも、黙々と打ち続ける。それでクリア出来なくても、得られるものはあるんですよ。「これがダメだったから、できなかったんだ」って、足りないものが見えてくるんです。

野口 クリア出来なくても、別の「課題」に複数触れてみて、自分の状態が良くなってから再び、元の「課題」へ戻ると、すごく良くなっていることもありますね。

――とくに二人がメインにしているボルダリングは、ダイナミックな動き、そして繊細な動きも求められ、与えられた「課題」に対して、どのようなコースを選択して登っていくのか見極める洞察力も要求されます。スピードやリード以上に難易度や求められる能力が多岐に渡り、メンタルも勝敗を分ける大きな要素になるのでは。

野口 「登りたい」と思えている時は、とても体が軽いと感じますが、逆の感情が心を占めている時は、ホールドにぶら下がった時点で「今日はダメだ」と萎えてしまう。気の持ち方ひとつで、体の重さの感じ方が違ってくるんですよね。

野中 私の場合、「自分はこれも登れないのか」という怒りに変わりますが、それが良い形で出ることもあれば悪く出る時もある。でも、だからといって、メンタルが大きく揺さぶられることはないですね。

2人はタイプ的に正反対のクライマーなんです。

――日本のトップで戦い続けているお二人ですが、互いをどのように見ていますか?

野中 私が言うまでもないけれど、啓代ちゃんは本当にすごく強い。

野口 生萌は、私が苦手な部分や、普段あまり意識したことがない部分をしっかりと意識しているなという印象があります。

野中 タイプ的に正反対のクライマーです。

野口 壁の上で意識していることや、「課題」を登った時の「ここをこうしたら登れた」という感覚も全然違いますからね。

野中 同じ「課題」に対しても、アプローチの仕方が異なるんです。

野口 でも、アプローチの仕方が違っても、同じ「課題」を、同じ回数でクリアしたり、二人とも1回目で登れたり、とリンクするところは面白いですね。

体をフルに使う野中と、引き方が持ち味の野口。

――ご自身の持ち味を挙げるなら。

野中 トレーニングでも重点的に強化していますが、体をフルに使う点は自信があります。でも啓代ちゃんのホールドを掴む、保持力の強さは、ずば抜けてますね。

野口 自分的には、「保持」というよりも、「引き方」なのかなとは思うんですけどね。生萌を見ていると、自分に不足しているものが明確になる。また、難しい「課題」に一人で立ち向かっていくと、「自分には無理だ」と少し弱気になることもありますが、生萌がその課題を成功させると、「自分ももっと頑張ればできるようになるんじゃないか」と意欲を掻き立てられる。一緒に「課題」に向かう時はいつもいい刺激をもらっていますね。ちなみに、生萌は昨季が終わってから何か「これだけは変えよう」と考えて、実行したことはある?

野中 シーズン終了後、すぐに修正点を改善するつもりだったけれど、予想外の怪我の影響があったり、毎日が慌ただしくて、なかなか実行できなかったんですよ。でも、怪我をしない体作りや、体の使い方の見直し、筋力、体力面の強化は必要不可欠だと痛感しました。「課題」の傾向を見ても、今のクライミングのスタイルだけでは、そのうち対応できなくなってしまう。だからこそ必要な要素を取り入れていこうって考えたんです。

オリンピックはスポーツ界最大の大会だし……。

――スポーツクライミングは'20年東京オリンピックで正式種目となりました。ボルダリングとリード、スピードの3種目の合計点で順位を競います。

野口 私はリードもボルダリングも好きで両方をやってきたので、両立することは全然苦じゃないというか、むしろ楽しいなと感じています。ただ、「スピード」は経験したことがないので、正直なところ、楽しみ方がまだ分からない状態。まずはトライしてみてから、という感じでしょうか。

野中 ユース代表は大体リード競技が中心で、当時は私もリードを行っていました。そのままリードを続けるか、ワールドカップのメンバーに選ばれたらボルダリングも挑戦するという流れが多いけれど、私は割と早い段階から「ボルダリングで勝負する」と決めていて。でも、そのボルダリングでも世界大会で優勝したわけではなく、ワールドカップの年間王者になったわけでもありません。1種目の頂点にすら辿り着いていないのに、3種目にチャレンジするなんて想像がつかないというのが正直な気持ち。でも、とにかくやるしかないと思ってます。オリンピックはスポーツ界最大の大会だし、私自身も大舞台で結果を残したいという気持ちは強いですから。

結果を残すことだけを考え、積極的に挑戦したい。

――今後の課題はどんな点ですか。

野口 昨季は後半2戦だけワールドカップリード種目に出場しましたが、アジア選手権では初めてリードで優勝することができたんです。しかも、ボルダリングの経験がリードの登りの成長にもつながっていることが実感できている。今季も両立させ、リードのワールドカップ自己ベスト2位を更新し、初優勝したいです。世界的に見ても、両方で優勝した選手はほとんどいない状況なので、今季ぜひ実現させたいです。

野中 私はワールドカップボルダリング種目で年間王座を獲ることが一番の目標です。そのためには7戦すべてで上位をキープしなければならない。転戦する中で、きっと修正点や問題点も出てくると思いますが、どんなことにも対応できるようにしたい。昨季が終わって今季が始まるまでに、いろいろ取り組んできたことが正解だったのかは分かりませんが、まずは怪我をしないことが大前提。結果を残すことだけを考え、積極的に挑戦していきたいですね。それができれば、道は開けると信じています。

――二人が理想とする選手像とは。

野口 私は常に、「大好き」「楽しい」という気持ちを大事にクライミングに臨んでいます。トライする姿を見て、「すごく楽しそうに登っているな」、「クライミングって楽しいんだな。やってみたいな」と感じていただけるような選手であり続けたいです。

野中 幼い頃から、とにかく「強くなりたい」という一心でクライミングを続けてきました。だからこそ、「この選手は本当に強い」って言われたい。「強いといえば、野中生萌」と真っ先に名前を出してもらえるような存在へ成長していきたいです。

(Number926号『東京へ。野中生萌×野口啓代「“登る”ことに魅了されて」』より)

文=Number編集部

photograph by Atsushi Hashimoto

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