「怒らないで、やってみようかな」穏やかな松山英樹は本当に強かった。

「怒らないで、やってみようかな」穏やかな松山英樹は本当に強かった。

 ブリヂストン招待で見事な逆転優勝を飾った松山英樹が表彰式で優勝トロフィーをうれしそうに眺め、無邪気な笑顔を見せた。トロフィーを抱いたままの松山は、ときどき重たそうにトロフィーの台座部分を太ももに乗せていたが、誰かにどこかに置いてもらうとか、そんなリクエストはついぞ出さず、重たくてもずっと抱えたまま離さない。その様子がなんとも愛らしかった。

 いざ、優勝スピーチ。米ツアー通算5勝目の今回こそは「英語で?」という周囲の期待は少なくなかった。松山自身、それは重々承知している。実を言えば、優勝会見でも米国人記者たちから、英語やアメリカでの生活環境に関する質問はいくつか飛び出した。

 しかし、松山はこんな言葉で彼らに答えた。

「英語がもっと喋れると、もっとストレスがない楽しい場だと思うけど、今はゴルフが大事なので、なかなかそこまで頭が回らない。それも含めて今後の課題。もっと英語が喋れたらいいけど、今の自分が僕なので」

 素直で正直で、そして哲学者のようなフレーズだった。それはきっと、彼が自問自答を繰り返した末に見つけた1つの答えだったのだと思う。

 目指しているのは高く険しい山の頂きだが、今は無理も無茶もせず、今の自分、今の状況をそのまま受け入れる。そこから先は、先になってから考えればいいではないか。

「今の自分が僕なので」――。

 そう「今の松山英樹」だったからこそ、難コースのファイアストンで見事な勝利を飾ることができたのだと思う。

6ボギーの初日を「珍しいゴルフ」と受容。

 思えば、「今」を受け入れる姿勢は、今大会の初日から見られた。「7バーディーを奪いながら6ボギーを叩いた内容はどうですか」と尋ねると、以前の松山なら「6つもボギー叩いているようじゃ話にならない」などと腹を立てながら自嘲気味に答えるところだが、あの日の彼は頷きながら「7つ取って6個ボギーは、なかなかない。珍しいゴルフをした」と穏やかに受け入れていた。

 ショットもパットも彼が心底、満足のいく状態ではなかったが、「いいのもあれば悪いのもあった」「いいショット、入るパットは徐々に増えている」と前向きで、苛立ちを見せることはなかった。

3番から15番までリーダーボードを見なかった理由は?

 2日目を終えたときも「この2日間のように、あんまり期待せずに残る2日間をやれたらいい」。気負いも見せることはなかった。

 首位に2打差で迎える最終日を前にしたときは、「明日は勝手に勝ちたい意識が入ってくる。それをどこまで抑えられるか」と自身に言い聞かせるように静かに語った。

 そして迎えた最終日。「スタート前のウォーミングアップは最悪だった」が、2番で「セカンドがいいショットが打てた」ことで、すぐさま気持ちを前に向け、2番のイーグルで首位に並ぶと、「3番から15番までリーダーボードを一度も見なかった。たまには見ないでやってみようかなって」。

 これが今の自分。これが今の状況。怒らず、焦らず、落ち込まず、粛々と目の前の一打に全力を尽くす。

 そうやって手に入れたこの優勝は、松山の新しい勝ち方となった。

全英で日本人記者を驚かせた松山のソフトな対応。

 よくよく振り返ってみると、松山の「今」を受け入れる姿勢は、全英オープンのときから、すでにその兆しはあったように思う。その前週にテニスのウィンブルドン観戦にスーツ姿で出かけたことを尋ねられると、「場違いですよね」と真顔で言って、日本メディアを笑わせ、その場の空気を彼が和ませた。

 毎日のラウンド後の囲み取材でも、言葉を選びながら、よく答えていた。年に一度、全英オープンのときだけしか松山に接することがない欧州駐在の日本人記者たちは「この4、5年で、こんなに対応がソフトな松山を初めて見た」と、みな一様に驚いていた。

 その変化が全英オープンの2週前に初めて出場した欧州ツアーのアイリッシュオープンでの経験に起因していたことを、松山は今回の優勝会見で初めて明かした。

 米ツアーでは毎試合、毎日、日本メディアから必ず取材されているが、欧州ツアーの試合会場には日本メディアがおらず、取材されないことは「楽だけど、淋しかった。だから、今は楽しい」。

デビュー以来メディア対応は得意ではなかったが……。

 プロデビュー以来、メディア対応を得意とはせず、とりわけ囲み取材のときは渋い表情になって、あまり多くを語らなかった松山が、ふとした経験から「淋しい」、そして「楽しい」と感じるようになった。

「案外、それも悪くないさ」と受け入れてみたら、思いのほか楽になったのかもしれない。全英オープンでもブリヂストン招待が始まったときも、松山は終始、穏やかな表情で思ったことを素直に表現していた。彼が挑んだメンタルコントロールは、そうした経緯の延長線上にあった。

「谷さんやDJが怒らないでやっているのを見て」

「谷さん(谷原秀人)やDJ(ダスティン・ジョンソン)が怒らないでやっているのを見て、自分もやってみようかな、って」

 自分は怒りすぎているのだろうか?怒らないでやると何がどう変わるのだろうか?やってみなけりゃ、わかるはずもない。

「やってみようかな、って。それが、たまたま、今週だった」

 松山はその挑戦に忠実に取り組んでいた。だからこそ、初日の7バーディー、6ボギーを「珍しいゴルフ」と受け入れ、上位に立っても気負わず、過度に期待せず、プレー中でも子供たちとロータッチを交わした。取材にも和やかに対応し、自分の気持ちを素直に見つめ、さらには、それを自分なりの言葉に変えて私たちに伝え、共有してくれた。

「メンタルコントロールして、ハイにならないようにしたら、うまくいった」

 それは、松山が味わった初めての、そして確かな手応えだった。

 今週は今季最後のメジャー、全米プロに挑む。優勝の余韻を噛みしめる間も無く、その夜のうちにプライベートジェットでオハイオからノース・カロライナへ飛び去っていった松山。

「メジャーに勝ちたいけど、その気持ちが前に出ちゃうと良くないので、その気持ちをぐっと抑えて、また練習したい」

 ジョーダン・スピースらは、勝利への渇望を剥き出しにして、喜怒哀楽を思い切り見せながら挑んでいるが、松山はそんな他選手たちを傍目に、自分を見失わないと心に決めている。

「自分が(スピースらのように)ああやったら、自分が自分でなくなる気がする。自分は気持ちを抑えてやったほうがいいのかな」

 それが、今の自分。それが、今の松山英樹。

「今の自分が僕なので」――。

 一流ゴルファーにして哲学者の言葉が、いつまでも胸に残った。

文=舩越園子

photograph by Sonoko Funakoshi

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