「天理史上最高の主将」が監督に。元プロ・中村良二は超自由主義。

「天理史上最高の主将」が監督に。元プロ・中村良二は超自由主義。

 今大会に出場する49代表校の監督のなかに、2人の元プロ出身の指導者がいる。

 ひとりは、西東京大会決勝で早稲田実を破った東海大菅生の若林弘泰監督。もうひとりが、天理(奈良)を2年ぶりの甲子園出場に導いた中村良二監督である。

 ほかにも智辯和歌山の中谷仁(元楽天)がコーチとして帯同するなど、ここ近年は元プロの指導者が甲子園に帰ってくるケースが増えた。元プロが高校野球指導者になるには、かつて教諭経験が必要だったが「学生野球資格回復制度研修会」によって大きく緩和され、門戸が開かれている。

一般入部から主将になり甲子園優勝、プロ入りした。

 監督として初出場を決めた中村の経歴を紐解くと興味深い。

 自身が天理高時代の3年夏、主将として全国制覇に貢献。卒業後はドラフト2位で近鉄に入団。その後、阪神などでも活躍した。

 現役引退後は小・中学生の野球指導に携わると、2008年からは天理大の監督に就任し、全国大学野球選手権ベスト8の実績を残した。そして2014年に母校のコーチに就くと、2015年8月から監督に就任。そして就任2年目にして甲子園出場を果たしたのである。言わば日本の野球界の様々なカテゴリーに精通している人物なのだ。

 中村は一言でいうと人格者だ。元プロの指導者は勝負の世界に生きてきたこともあってか、厳しい言葉を選んだり厳格な雰囲気を醸し出す人物が多い。ただ中村にはそういったタイプではなく、低姿勢で物腰が柔らかい。

 そもそも高校時代も野球推薦ではなく、一般入部からレギュラー、そしてキャプテンへと昇りつめた。個性の強かったチームをまとめあげ「天理高校史上最高のキャプテン」と言われていた。

高野連、大学連盟、プロ……すべてに支えられている。

 プロ・アマ規定の制度改正で母校復帰を果たした際、中村は現職への想いを人間味ある言葉で口にしていた。

「日本高野連の田名部和裕さんは、『学生野球資格回復制度研修会』のために6カ月をかけて資料を作られたという話をうかがいました。全日本大学野球連盟の方も南原(晃)さんや内藤(雅之)さんが尽力されたり、プロでいうと松原(徹)さん。そういう方々の思いに、僕らは支えられています。それに応えられる指導をしなくちゃいけないと思っています」

 筆者も学生指導者資格回復の研修の講義を聴講したことがあるが、日本高野連には、実は世間に染みついている「堅物」のような印象はない。むしろ制度改正に積極的な姿勢で「プロの力を借りて、野球界を良くしたい」というスタンスでいる。

 プロ側の研修は、過去に起きたプロ・アマ断然の根深い歴史を風化させないための訓示的な要素が強い。一方で日本高野連のそれは、元プロの指導者が学生野球資格を取得した際に、いかにスムーズに高校野球界に入っていように推し進めるためのものだ。

 そこでは日本学生野球憲章が手渡されるが、すべてに目を通して把握している人物はアマを指導している人でも数少ない。研修会では、高校野球を指導する上で大事なことをかいつまんで説明してくれる。そこに参加した中村は、連盟の想いを十分に受け止めていた。

「自分たちで決めて、自己責任が持てるチーム」を。

 中村が監督として目指しているのは「自分たちで決めて、自己責任が持てるチーム」だ。自身が天理高時代に受けてきた指導そのもので、今の時代にも即したスタイルを取り入れようとしている。

 中村が高校生だった1980年代というと、監督のもとで統制、規律のあるチームこそが「高校野球らしい」とされた。だが当時の天理は、プロ野球さながら練習中に音楽をかけていたし、監督の指示を待つのではなく、選手たちが主体となって練習メニューを決めていたという。

「僕の恩師である橋本武徳先生が、僕らの代からそういうスタイルにしようと言ってくださったんです。指導者が頭ごなしにいってもお前たちの個性は生きてこないから、練習メニューでやりたいものがあったら言ってこいと。僕らの意見が聞き入れられなかったことはなかったです。練習中に音楽をかけるのもそうですし、ある日の午後練習を『休みたい』と言ったら、練習を休みにしてくれたこともありました。当時では珍しかったと思います」

木陰で休んでいた天理ナインに、ある監督が……。

 その裁量の大きさに、他校からは不思議がられたこともある。

 夏の甲子園本大会の最中のことだ。

 高校のグラウンドでの割り当て練習が終盤に差し掛かり、主力選手の多くが木陰で休んでいた。もちろん、指導者の許可があってのことだ。

 すると、天理の後に割り当て練習をする伝統校がやって来た。「ピッ!」という笛の合図と共に選手がバスから降りてきて、笛の合図で整列、グラウンドに入ってくるような統率の取れた学校だった。その伝統校の監督は木陰で休む天理ナインをみると「こんなの高校野球じゃねぇ」と憤慨したそうだ。

 それでも当時から画一的な形ではなく、独自性を大切にしていたのが天理だった。そして中村は現役時代に受けた指導を自身も体現しようとしている。

「目標は当然、甲子園に出て勝つこと。(春夏通じて)4本目の優勝旗を持って帰りたいという思いがあります。もちろん子どもたちには優勝するための練習をしようと言っています。でも、応援してもらえる高校、選手じゃないとダメだという話もしています。学校生活、私生活、寮生活にしても“あれをしてはいけない、これは駄目だよ”と僕らに言われて我慢するんじゃなくて、自分たち発信で“これはしてはいけない、でも、こういうことはやっていこう”というのを見つける。言われたことをやるのではなくて、自分たちで言いに来る自己責任が持てるチームが目標です。それが天理らしさだと思っています」

優勝旗の重みを覚えている指揮官は甲子園でどう戦う?

 もちろん指導の中には、プロを経験したエッセンスもある。中村をはじめ、チームには臨時コーチとして近鉄・ダイエーなどで活躍した山崎慎太郎氏が帯同している。

「甲子園優勝旗を持たせてもらって、いまだに優勝旗の重みは覚えているんです」

 甲子園優勝を果たし、「天理高校史上最高のキャプテン」とまで言われた元プロの中村が母校を率いて、甲子園でどんな戦いを見せてくれるのか。とくと注目してみたい。

文=氏原英明

photograph by Kyodo News

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