元日本代表・狩野美雪とデフバレー。指揮官として得た金メダルの意義。

元日本代表・狩野美雪とデフバレー。指揮官として得た金メダルの意義。

「もちろん嬉しかったんですけど、『あー終わっちゃったなー』という寂しさもちょっとありました」

 重責を果たし終えた狩野美雪監督は言った。

 7月18日から30日までトルコで開催された聴覚障害者の国際スポーツ大会、デフリンピックで、狩野監督率いるバレーボールの女子日本代表が金メダルを獲得した。

「選手たちがすごく集中してくれて、全試合、セットを落とさず勝つことができたので、あまりにできすぎで、一生分の運を使い果たしたんじゃないかと思ったぐらいです(笑)。選手たちが喜んでいる姿を見て、『あーよかったね、日本に帰れるね。ちゃんと結果を残せたね』という思いでした」

 狩野監督は選手時代、Vリーグの茂原や久光製薬で長年活躍し、デンマークリーグでもプレーした。Vリーグでサーブレシーブ賞を獲得したこともある安定感のある守備と巧みな攻撃を買われて全日本にも選出され、2008年北京五輪に出場した。2012年ロンドン五輪代表で、現在はPFUに所属する狩野舞子の姉でもある。

2011年の現役引退後、当時の監督に声をかけられ……。

 狩野美雪は2011年に現役を引退したあと、デフバレーボール女子日本代表の今井起之監督から、「手伝ってほしい」と声をかけられた。今井監督は東京学芸大学時代のバレー部の後輩だった。チームは2013年デフリンピックでの金メダル獲得を目指していたが、当時、今井監督は末期がんを患っていた。

 狩野が初めてデフバレーチームの練習に参加したのは2011年7月2日だった。入院していた今井監督に「一緒に合宿に来て。外出許可をとるから」と誘われたが、実際には外出許可が出るような状態ではなく、狩野は1人で合宿に参加し、練習後に「終わったよ」と電話で話した。その翌日の明け方、今井監督は息を引き取った。まだ33歳だった。

 狩野があとを引き継ぐことを決断するまでには3カ月あまりを要した。結婚したばかりということもあり、辞退も考えた。

「でも、今井君のお母さんに、『起之が、狩野さんがやってくれると言っていたので、お願いしますね』というふうに言われて、あれ? もしかして今井君にはめられたんじゃないかな、なんて思いましたよ」と狩野は苦笑する。

男じゃないんですけど、断ったら男じゃねーなーと。

「それに、彼は結構頑固な人だったんですけど、デフバレー協会の大川(裕二)理事長にも、『今井さんは、自分が納得しない人とは一緒にやりたくない、と言っていましたけど、その彼から狩野さんの名前は聞いていましたから、たぶん今井さんは狩野さんにやって欲しいんだと思います』と言われました。

 そう言われて断ったら男じゃねーなと思って。ま、男じゃないんですけどね。それでつい、『じゃあ』と言ってしまった。周りの人や主人が『やってみたら』と言ってくれたこともあって、引き受けました」

 2011年10月に監督に就任し、2013年デフリンピックでは銀メダルを獲得。金へ、あと一歩に迫った。

 しかし4年後の2017年大会に向かうチームはメンバーの約半分が入れ替わった。狩野監督は、「今回は若い選手が多いですし、海外には強化に力を入れ始めた国も増えているので、行ってみないとわからないというのがあって……恐怖でもあります」と明かしていた。

北京の戦友・竹下佳江率いる姫路と練習試合を行った。

 メンバーは16歳から32歳までと幅広く、練習環境も様々だ。ろう学校のバレー部に所属する選手もいれば、一般の高校、大学でプレーしている選手もいる。社会人の選手は企業などで働きながら、自分で練習時間と場所を見つけなければならない。

 デフリンピック開幕の約3週間前、姫路市にあるプロチーム、ヴィクトリーナ姫路と練習試合を行った。姫路の竹下佳江監督は、狩野監督の同級生で北京五輪を共に戦った戦友でもある。その縁で狩野監督が練習試合を依頼したところ、快く引き受けてくれたという。

 タイムアウト中、狩野監督は円陣の中心で、簡単な手話を交えながら、細かい指示は手話通訳を介して伝えた。デフバレーチームは大差で敗れ、指揮官は終始険しい表情だった。

「(姫路に)やっていただくのも心苦しいようなゲームになってしまった。先方はプロで、もともと力の差はあるんですが、それでも自分たちは皆様に応援していただくために、障害があってもやれることを一生懸命やっているという姿を見ていただきたいと思ってやってきたんですが、今日はそれを表に出せなかったのが残念です」

普通ならコート外から指示を叫べば伝わるが……。

 デフバレーは、見た目には普通のバレーボールと変わらない。しかし、「ライト!」とスパイカーがトスを呼んだり、「任せた!」と隣のレシーバーとの連携をはかるなど、瞬時のコミュニケーションが重要なバレーにおいて、声でやり取りができないことは大きなハンデである。

 対戦した姫路の竹下監督は、「だからこそ約束事をいっぱい作っていると思いますし、本当に視野を広くしないと難しい。そういう面でのレベルが問われる競技なのかなと感じました」と印象を語っていた。

 実際、ディフェンスの配置など約束事は決められていたが、「それがなかなか周知できない」と狩野監督は頭を悩ませていた。

「普通だったら、コートの外から『約束、忘れないように!』と叫べばすむ話なんですけど、そういうわけにはいかないので、なかなか浸透しづらいんです」

彼女たちの視野は、私たちより間違いなく広いです。

 それでも、開幕に向けて密に練習をするにつれ徐々に約束事は浸透し、試合を重ねる中でピタリとはまっていった。

 また、不安材料だったチーム最年少16歳のセッター中田美緒のトスワークが、トルコでは安定し、それが大きなプラス材料になったと指揮官は言う。

「安定したのが何故なのかは正直よくわからないんです(苦笑)。外国チームとやることによって頭が切り替わったのかもしれません。デフバレーの場合も、海外のチームは高さとパワーがあるんですけど、バレーのリズムとしては、大会前に日本で練習試合をやった相手の方が明らかに速かった。日本にいる間はその速さが私たちにとってすごくストレスになっていたと思うし、セッターも考えることが多すぎて、なかなかプレーに集中できていなかったのかもしれない。相手がコンビをパッパパッパと使ってくるので、自分たちもそうしなきゃというふうに流されていたのかなと思います。

 でも海外チームはそこまで速くなかったし、ブロックが高いところ、ここには上げちゃいけないというところが明確だったので、複雑なトス回しやコンビネーションを考えるよりも、まずは丁寧に相手ブロックの弱いところに上げる、ということを心がけたのがよかったんじゃないでしょうか」

 シンプルな戦い方が選手たちの力を引き出した。それでいて、チャンスがあればアイコンタクトを駆使して速攻を使うなど相手の不意をついた。聞こえないからこそ、目と目の会話はより密になる。「彼女たちの視野は、私たちより間違いなく広いですしね」と狩野監督は言う。

デフバレーの発展を自分たちが担っているつもりで。

 大会前、狩野監督は危機感をにじませながら「最低でもメダル」と何度も口にしていた。

「デフバレーは、まだ知らない人が多い競技で、障害者スポーツの中でもパラリンピック競技との差がかなりある。だから自分たちがメダルを獲ることで、いろんな人に知ってもらいたい。デフバレーの発展と言ったらちょっと言いすぎですけど、そういうものも自分たちが担っているつもりでやっています。だから最低でもメダル、もちろん金メダルを目指して、やらせていただいています」と語っていた。

 聴覚障害者のスポーツは、パラリンピックの実施競技には含まれない。聴覚障害者は身体的には健聴者と変わらないため、パラリンピックで実施されているような他の障害者スポーツに比べて、デフスポーツは一般のスポーツに近い形で行われるから、ということが理由の1つである。

 また、デフスポーツには、プレーする側も運営する側も聴覚障害者が中心になって行うというコンセプトがあることも理由に挙げられる。

今後はさらに競技レベルを上げていくことが大事。

 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まって以降、パラリンピック競技とデフスポーツの、活動予算や環境面の差は広がっている。

 デフリンピックの開催中は日本選手の活躍が新聞の紙面でも取り上げられたが、それはスポーツ面ではなく社会面で扱われた。

「スポーツというより社会福祉というふうに見られているんでしょうね」と狩野監督は言う。

「見る人にとっては聴覚障害者かどうかはわからないわけだから、競技自体が一緒である限り、やっぱり競技レベルを上げていくことが、スポーツ面で扱われるためにも一番なんじゃないかなと思います」

 それでも“世界一”というのは唯一無二のもの。多くの人の思いがこもった金メダルが、デフバレーボールの現状を上向きに変える礎となることを願う。

文=米虫紀子

photograph by Japan Deaf Sports Federation

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