森岡隆三監督が体感したJ3の実態。限られる予算とバス移動10時間。

森岡隆三監督が体感したJ3の実態。限られる予算とバス移動10時間。

 財務問題で幹部が退任し、存続の危機に面していたクラブを救うために登場したホワイトナイト。地元企業の創業者が社長に就任し、クラブをバックアップ。そして勝ち点を重ねることでその恩に報いる――。

 そんな長崎のJ1昇格のストーリーは、日本国内に数多くある地方クラブが憧れるに十分な夢物語だろう。

 ドイツで取材していて思うのは、国内各地にそれなりの大きな企業があるなということ。ドイツでは地方に企業が分散しているため、財政赤字問題を抱えるのは地方ではなく、首都ベルリンだという。首都に企業が集中し、地方都市の疲弊が目立つ日本とは大きく違う。

 そもそもドイツのサッカーチームのほとんどは、地元のスポーツクラブ内のひとつという位置づけだ。だから組織自体が大きく、それにかかわる人も多い。同時に地元企業がそのクラブをサポートしてくれる。ホームタウンの人口が少なくても、大企業がクラブを支えるケースは、ヴォルフスブルグのフォルクスワーゲン社だけではない。

 多くの企業内の運動部から始まったJリーグのクラブとは、その成り立ちも運営方式も違う。ホームタウンの人口が少なければどうしても観客数も減るし、地元企業の数も少なく、スポンサーを探すのにも苦労する。そんな地方クラブの現状は厳しい。

森岡隆三は、鳥取が難しい環境なことは承知していた。

 ましてやJ3という立ち位置では、さらに難しくなる。チーム強化にはそれに見合った資金が必要で、残念ながら“想い”だけでは強くならない。選手を育成するのも同様で、育成している選手と複数年契約を結ぶからこそ、その選手を売ることでチームは収入を得られる。「育成型のクラブ」にも、複数年契約可能な資金力が必要なのだ。

「鳥取からオファーをもらったとき、知人が鳥取という地域について、いろいろとアドバイスしてくれたんです。人口減少のこと、高齢化、地元企業が少ないこと、東西に広がった地域であること。

 要は心配してくれたんです。鳥取で結果を残すのが容易ではないということについて。でもこの仕事に就き、地方の実態や社会を見る機会を得られ、自分の世界が広がったと思っています」

 2017年シーズン、ガイナーレ鳥取の監督に就任した森岡隆三はそう話した。

1+1を3にも4にもするために、鳥取へ。

 2010年、鳥取はJFLからJ2への昇格を決めた。当時はまだJ3がなかったことも幸いだったが、岡野雅行、服部年宏など元日本代表選手を中心に、他を圧倒する戦力を擁していた。そんな快進撃に地元は沸いた。

 しかし、2013年に行われた入れ替え戦で敗れてJ3へ降格。

 2014年は4位、2015年6位、2016年は16チーム中15位だった。財政問題を理由にJ2のライセンスが与えられなかった時期もある。

 2014年、練習拠点がホームスタジアムのある鳥取市から米子市へ移る。その距離、約100キロ。鳥取のホームスタジアムの試合でもあっても、バスで2時間あまりの移動を強いられる。練習場へ足を運んでくれる米子市民も、鳥取市での試合観戦をためらうような距離だ(年に数試合は米子でも開催)。この状況も、クラブに悪影響を及ぼしている。

 成績、集客数、経済問題と負の要因が積み重なり、クラブ予算も減少し、2017年度の人件費は前年度を大幅に下回った。にもかかわらず、森岡が監督就任のオファーを受ける。その理由はなんだったのか?

「まず、現在強化部長を務める吉野(智行)の『これからいっしょにガイナーレ鳥取を作って行こう』という熱意ですね。僕にとってのサッカーの醍醐味、面白さは『1+1が2じゃなくて、3にも4にもなり、10にもできるかもしれない』というところなんです。鳥取の1が小さく、ビッグクラブに勝てないとしても、1+1なら負けない、そんなチーム作りに関わり、挑戦ができることに魅かれました。もちろん『1』が大きいに越したことはないですが(笑)」

監督としての武器は、物事を具体的に伝える力。

 京都サンガで現役引退後、森岡は京都や佐川印刷京都でコーチを、京都ユースでは監督を務めていた。彼にとって監督業とは、どんなものなのだろうか。

――ご自身の監督としての武器は、どのようなところにあると考えていましたか?

「物事をいかに具体的に伝えるか、という部分には自信がありましたね。僕が高校(桐蔭学園)のときに指導してくれた李国秀さんは、サッカーを論理的に示してくれる指導者でした。だから、プラスとして感覚的なものをどう言葉に変えていくのかというのは、現役時代から常に考えてきました。

 どんな戦術を立てても、選手たちがそれを遂行してくれなければ机上の空論で終わってしまうので、いかにそれを言葉に変えて伝えるかが重要だと思います」

鳥取での初仕事は、半日がかりでの雪かき。

――どんな工夫をされていますか?

「今年、攻守の切り替えについて話すときに使っていたのが『イメージはアキラ100%だよ』って(笑)。プレーというのは、あのお盆が回るように一瞬一瞬の積み重ねだということを伝えたくて。

 また、相手がしっかりゴール前を固めているのに、闇雲に縦パスを入れる選手に対して『相手の名前も聞かずに、プロポーズしたってうまくいかないだろ』と言ったこともありますね。『名前を聞いて、連絡先を聞いて、プレゼントを送って、デートに誘って』と、攻略するには段取りが必要なんだと。もちろんどんな段取りなのか、どんな攻略術なのかというのがわからないと意味はないですが、まずはどのようなイメージを抱けばよいのかを伝えるんです。そのあとに具体的な話をしていくという感じですね」

――鳥取での始動日は大雪だったと聞きました。

「はい。僕の鳥取での初めての仕事は雪かきでした(笑)。15メートル四方のピッチを2つ確保するのに、大人10人で半日かかりました。自分がいかに厳しい環境にいるのかを実感しました。文字通り自分の手でピッチを作るところから始めたわけだから、自分の色が出しやすい環境も作れたと思います。前からボールを奪い、自分たちが主導権を握るサッカーをやろうとスタートできた、という感触がありましたね」

――4節終了時5位と良い成績でスタートを切り、J2昇格への盛り上がりもあったんじゃないですか?

「そうですね。でも勝っているときというのは自然と盛り上がるものだし、それはそれでいいと思っていました。同時に『負けたとき、うまくいかなくなったときこそが、勝負のときなんだ』ということも話していましたが、勝負所で流れを戻すことはできませんでした」

――そして第8節以降、10試合未勝利となりましたね。

「要因のひとつとしてコンディション面があげられます。うちは今シーズン、アウェー戦の移動では10時間くらいで行ける範囲は基本バス移動で、栃木や相模原もバスで行きました。ホームも当日2時間をかけて移動しました。タフな環境は百も承知、選手の皆にもプレシーズンの最初の遠征で『今年はタフになろう!』と話して臨んだシーズンでしたが、選手に蓄積する疲労度やメンタルの低下は想像以上でした」

――バス移動は行きも帰りもということですか?

「そうですね。一応試合前日に現地へ入って、前泊できるような形で移動します。たとえば相模原での試合終了後18時半くらいに出発して、翌朝早朝に米子に到着する感じです」

ガイナーレが掲げるテーマは「強小」。

――飛行機を使えれば楽に移動できるけれど、できないのは経費が原因ですか?

「もちろんそれもあります。でも、単純に地元の空港から飛んでいる飛行機が限られているので、たとえば、数多くの路線がある最寄りの伊丹空港から乗るとなれば、そこまで4時間ほどかけて移動しないといけない。J3のチームの多くがバスで移動していると思いますが、ガイナーレには地理的な困難さもあると思います」

――そういうコンディション調整が、成績にも影響する。

「そこは僕の経験不足、力不足だったと思います。10数時間のバス移動後にどうコンディションを回復させるのか、現役時代やコーチ時代の経験もあてになりませんでした。練習の量、質も考え直す必要性があったと思いますが、移動中のバスの中やサービスエリアでの体操も含め、あらゆる面でもっと工夫できたのではないかと反省しています。」

――ガイナーレの置かれた状況の厳しさが伝わってきますね。

「ガイナーレが掲げているテーマは『強小』です。小さいけれど強いという意味ですね。その言葉から僕がイメージするのは、大相撲の舞の海さんです。柔よく剛を制す確固たる戦略を持って、舞の海さんは戦っていたと思います。戦略を遂行するためには、相手の分析をはじめ、準備が必要です。充分な食事や休息、身体を常にケアをすることはもちろん、彼のスタイルに共感し、サポートしてくれる人達の存在など、いろんなものが整っていないと『強小』にはなれないはず。それはガイナーレも同じだと思っています。

 ガイナーレが抱える課題は確かに多いです。人口は少ない、企業が少ない、地の利もあるとは言えない……。でも、そういうないない尽くしの状況を悲観しても何も始まらない。それをわかったうえで、僕は鳥取に来たわけですから。想定外のこともたくさん経験しましたけれど、ないない=『しょうがない=仕様がない』は、ないですよね。皆で意見や知恵を出し合えば『仕様はある』はず。

 だからこそ、サッカーで得られる喜びや楽しさ、サッカー文化を鳥取に根付かせたいという想いが強くなっています」

――そのために必要なことは……。

「もちろん、一番わかりやすいのは、チームを強くすることでしょうね。勝てるチームを作ってJ2へ昇格すれば、また昔のような盛り上がりを得られると思うけれど、勝ち続けられなければ、今のような状態に戻る可能性もあると思うんです。勝つか負けるかという2択にクラブの未来を託すのは、非常にタフだなということを、鳥取に来てJ3の監督になって考えるようになりましたね。

 地域の賑わいがそのままクラブの賑わいになるし、クラブの賑わいが地域の賑わいになる。そういうサイクルというか、繋がりをうまく作らないといけない。今でも地元の人たちの中には『ガイナーレってなんだ』という人もいると思いますが、今季ピッチ上で、チームのテーマに掲げてきた『繋がる』『繋げる』と同じように、地域の人と繋がり、いつかガイナーレの夢が地域の多くの人たちの夢になるように繋げていきたいです。でもまずは認知してもらうこと。米子では年長者のグラウンドゴルフが盛んですが、まずはマイクラブを持つところから始めたいと思います(笑)」

ピッチの上のことだけ考えていては回らない。

――森岡監督が直面しているのは、地方のJ3リーグ共通の課題かもしれませんね。

「地方自治体、行政との関係も重要になってくると思います。クラブとしての経営を考えたときに、トップチームありきじゃない経営というのも考えられると思うんです。クラブという会社基盤のなかにいくつかの事業があり、そのなかのひとつがサッカー、トップチームという形でもいいと思うんです。育成やスクールというサッカー関連以外にもできる事業があるんじゃないかと。

 僕らは身体を使って商売しているのだから、健康産業というか、お年寄りへ向けたアプローチができるかもしれない。サッカー文化を根付かせたい、サッカーで地元を一緒にわっしょいわっしょいと盛り上げたいからこそ、まずはガイナーレを浸透させなくちゃいけないと思っています」

――本来、監督というのはピッチやロッカールームのことだけを考えれば良いわけですよね。だからこそ、「勝利」によって、地域を盛り上げようとする。しかし、今の森岡監督は、ピッチ以外の部分でも尽力したいと考えているのでしょうか?

「1+1を4や5にするためには全員守備、全員攻撃が肝心です。1人でいくつもの役割を担わなくちゃいけないのは、ピッチ上もピッチ外も同じです。塚野さん(代表取締役社長)や岡野(雅行)さん(代表取締役GM)は本当に目のまわるほどの忙しさで全国を飛び回り、営業してくれています。強化部をはじめ、フロントスタッフ同じ。全員が頭の下がるほどに動き回ってくれています。僕の仕事はもちろん『現場』が命ですが、クラブの力になれることがあれば、何でもやりたいと思いますし、アイディアも出したいと思っています。

 今シーズンは非公開練習をしたことは一度もありません。むしろSNSを活用して練習メニューや予想先発メンバー、ミーティングだって公開するのも面白いんじゃないかと思います。もちろん、許容範囲はありますが(笑)。ただ試合という発表会はもちろんですけれど、そこを楽しんでもらうためには、勝敗だけでなくそのプロセスを見てもらったほうがサッカーの面白さを味わってもらえると思うんです」

――そして、森岡監督がピッチで選手に求めていることは?

「とにかくプレーをすること。『100%プレーする』『瞬間もプレーする』『最後までプレーする』というのが大前提です。それができる環境を僕が作っていくのが、もっとも重要な僕の仕事だと感じています」

 現実には、森岡監督がJリーグの指揮官として過ごした最初のシーズンは、最下位という結果となってしまった。それは監督としてJ3、鳥取というまったく未知の環境への対応に時間がかかったことも原因のひとつかもしれない。その責任を引き受けながらも、森岡監督のチャレンジ精神が衰えることはない。

「誰もが難しいという場所で何かを成し遂げられたら、得られるものは非常に大きいと思っています。サッカーに関わる人間として、この鳥取にサッカー熱を灯すこと。『強小』という挑戦のやりがいもまた大きいと感じています」

 成績は残せなかったけれど、クラブスタッフや選手たちが奮闘している事実に疑いはない。だからこそ、森岡はこの地にサッカーを根付かせることを諦めない。

放映権料は上がっても、J3の分配金はわずか。

 Jリーグは加盟クラブの増加を目指している。

 今シーズンからは放映権契約をDAZNと結び、今までにない高額な放映権料を手にした。とはいえ順位に関わらない分配金は、1クラブにつき、J1が3億5000万円、J2が1億5000万円、J3が3000万円と上に厚く、下には薄い。この現状では、森岡が語るようなJ3クラブの資金難や苦境が抜本的に解決できるわけではない。J3参加クラブ増加が進めば、試合数は増えるが、アウェーへの移動など、さらなる苦境を導くことになるだろう。

 長時間のバス移動を強いられる環境では、ピッチ上で最高のパフォーマンスを発揮することも難しい。しかし、クラブの努力だけで改善するには限度もある。Jリーグができること(たとえば東西リーグに分けるなど)も、少なくないだろう。

 地方で奮闘するJ3リーグのクラブすべてが、森岡のような想いを抱いているはずだ。それはサポーターも同様だろう。サッカー熱の底上げ、サッカー文化の定着に彼らが果たす役割は大きい。だからこそ、JリーグにはJ3の実態を看過してほしくはない。

文=寺野典子

photograph by J.LEAGUE PHOTOS

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