小林悠、代表落選はもう過去の話。水戸戦という原点でのリスタート。

小林悠、代表落選はもう過去の話。水戸戦という原点でのリスタート。

 7月11日、川崎フロンターレは天皇杯3回戦・水戸ホーリーホック戦を迎える。

 18日に再開するJ1リーグに先駆けて行われる、W杯中断明け最初の公式戦。サッカーのカレンダーは4年周期で動く。2022年のカタール大会を見据えるかどうかは選手それぞれだが、ここから気持ちを新たにしていく選手も多いはずである。

 小林悠もその1人だ。

 ロシア本大会の有力候補でありながら、直前の負傷もあり、壮行試合となったガーナ代表戦のメンバーから落選。結局、本大会のメンバー入りも叶わなかった。

 この1カ月、どんな思いで過ごしていたのか。それを尋ねると、小林はこちらが拍子抜けするほど明るく言葉を並べてくれた。

「行きたかったのはありますし、ものすごく試合には出たかったですよ。でもしょうがないかな。そういう運命だったのかと。意外と大丈夫でしたね。日本代表の試合は観ましたよ。自分が入っていないので、客観的に観れました。サコ(大迫勇也)だったりメンバーが固定されていたので、自分が行っても試合には出れていなかったかもしれない。終わったことは気にしないです」

「4年前、憲剛さんの姿を見ていたので」

 もちろん、ショックは大きかったという。ただ冷静に受け止めて自分なりに消化できた背景には、4年前のある先輩の姿があったからだとも明かす。

「4年前にケンゴさん(中村憲剛)が落ちた時、飛行機の隣で一緒だったんです。本当にショックを受けているケンゴさんの姿を見ていたので、それに比べると、もしかしたら、自分はそこまでW杯には思い入れがなかったのかもしれない。自分はフロンターレでやりたいことがまだたくさんあるのかなと自分の中で整理しましたね」

 こうして迎えるリスタートの一戦。相手が水戸ホーリーホックなのも、もしかしたら、何かの縁なのかもしれない。

大学時代の練習試合で活躍した縁。

――2008年の7月。

 偶然にも、今からちょうど10年前、拓殖大学の3年生だった小林悠は、JFA・Jリーグ特別指定選手として水戸ホーリーホックのユニフォームに袖を通してプレーしている。プロ入り後、川崎一筋でプレーしている小林にとって「古巣戦」は基本的に存在しないが、唯一ともいえる例外がこの水戸なのである。

 当時の小林は、関東大学サッカーリーグ2部で目立ち始めたFWだった。群を抜くほどズバ抜けた存在ではなかったが、水戸の台所事情もあって特別指定の打診を受けた。

「拓殖大学と水戸で練習試合したときに僕がけっこう活躍したんですね。ちょうど水戸のFWが怪我人だらけで、荒田くん(荒田智之)ぐらいしかいなかった。そこで木山監督(木山隆之)から『ぜひ力を貸して欲しい』と言われました。ちょうど前期が終わって大学リーグが休みで、僕からしたら『よろしくお願いします』という気持ちだけでした」

お金をもらって試合に出るシビアさ。

 大きなチャンスだと感じ、プロでどれだけ通用するのかを試してみたいという思いが強く迷いはなかった。実家を出てクラブの寮に住み、練習に通う毎日だ。プロの集団と生活をする日々には、学生の場では感じられない緊張感があった。

「当たり前ですけど、アマチュアとプロの厳しさの違いですね。学生とは全然違いました。プロに行くと、お金をもらってサッカーをやっているし、お金をもらって試合に出る。お金をもらってサッカーをするというのは、それだけ厳しいのだとシビアな一面を見ることができました。大学のチームでは自分が一番だったけど、プロってこういうものなんだなと。刺激的でしたね」

 間近で見たプロ技術にも圧倒された。中でも驚いたのが、GK本間幸司だという。J2リーグ最多出場記録保持者であり、いまもなお現役を続けている41歳のクラブレジェンドだ。練習でのシュートをことごとく止められ、セービング技術の高さに舌を巻いた。

「幸司さんのレベルに衝撃を受けた」

「水戸に行って衝撃を受けたのは幸司さんでした。正直、自分のプレーは通用するなと思ったんですよ。でもGKのレベルが、学生とは全然違いました。幸司さんの身体能力の高さは、本当に凄かったです。当時30歳ぐらいだったのかな。見た目は怖いけど、やさしかったですね。ご飯も連れて行ってくれました」

 特別指定選手としての登録が承認された直後の7月20日には、小瀬スポーツ公園陸上競技場(当時)のJ2第27節のヴァンフォーレ甲府戦で、スタメン出場。小林にとっては、これがJリーグデビュー戦である。

「緊張はなかったです。お客さんがあんなに多い中で試合をするのは初めてで、思い切ってやったのですごく楽しかった。あとは家族が甲府まで見に来てくれたんです。ずっとプロを目指してやっていて、特別指定ですけど、そういう姿を見せられたのは嬉しかったですね」

 試合の立ち上がり、セットプレーからゴールネットを揺らしてゴールを決めた……かに見えたが、味方のファールにより取り消され、惜しくも幻のゴールになった。結局、得点を挙げることはなかったが、全部で5試合に出場。プロと日常を過ごし、その舞台で経験を積んだ水戸での1カ月は、小林のキャリアの中でかけがえのない宝物となっている。

気づけば大学リーグでも注目株に。

 その後は、周囲からの目も変わった。夏休み明けの関東大学サッカーリーグ2部では、プロ経験者である小林は大きな注目を集める存在となる。

「試合前に『あいつが小林だぞ』みたいになってましたね(笑)。リーグのスカウトも見に来てくれるようになりましたし、自分にもプロになるチャンスがあると感じるようになりました。水戸での経験は自分にとって大きかった」

 このシーズンは関東大学サッカーリーグ2部で22試合19得点を挙げ、得点王を獲得。年明けの4年生に上がる前には、川崎の宮崎県綾町キャンプにも参加した。大学4年生の大半は、怪我とリハビリで棒に振ってしまったが、無事にプロ入りを果たしている。そして現在までの活躍はご存知の通りである。昨年2017年にはJ1得点王にも輝き、Jリーグ年間最優秀選手にも輝いた。日本代表選手まで駆け上がり、いまや多くのものを背負ってピッチに立つ存在となった。

「覚えているサポーターいるかな(笑)」

 大学時代に水戸で紡いだ物語から10年が過ぎた。

 ただその年月に驚いていたのは、他ならぬ小林自身だ。「そんなに前ですか。びっくりしました。成長した姿を見せたいですけど、僕がいたことを覚えているサポーターがいるかわからないですね(笑)」とおどけたが、それだけにこの対戦にかける思いも強い。

「また初心に返ってというか……歳は重ねましたけど、あの頃のように、またどんどん上を目指していきたい。フロンターレで、どれだけタイトルを取れるか。個人としてもまだまだ点を取って成長していきたい。その気持ちは変わっていないです」

 小林悠のリスタートは、プロを学んだ原点である水戸との一戦から始まる。

文=いしかわごう

photograph by Getty Images


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