甲子園に出るための「外人部隊」と呼ばれて。越境入学は是か非か。

甲子園に出るための「外人部隊」と呼ばれて。越境入学は是か非か。

 夏の甲子園は、今回で第100回という大きな節目を迎えた。大会第3日第4試合では18年ぶりに出場した益田東が常葉大菊川に悔しい逆転負けを喫した。

 益田東は過去3度に続いて、またも勝って校歌を歌うという目標は達成できずに甲子園を去った。

「常葉大菊川(静岡)といえば常連校。島根の公立校が良くがんばったじゃないか」なんて声も聞こえてきたが、益田東は私立校である。古くは倉吉北、今でも花巻東や上田西など公立っぽい校名の私立校は全国にある。新しいところでは今夏に奈良大付が初出場したが、これも「国立大付属」ではない。

 益田東に話を戻すと、地方大会のベンチ入りメンバー20人全員が県外出身者。17人が大阪で、残りが京都、兵庫、福岡。大庭敏文監督も大阪出身で、ベンチでは関西弁が飛び交い、島根県どころか中国地方出身者も見当たらない。

 古くからの甲子園ファンが忌み嫌う「外人部隊」。他県から越境入学した選手が多数派の学校のことを指す。

 記憶に新しいところでは大阪にある全国屈指の強豪ボーイズリーグの選手をほぼチームごと勧誘し、強化した秀岳館(熊本)。こうした学校や選手はなぜ批判にさらされるのか。何が問題なのか……。

他県の強豪に進んだ選手の多くが……。

 腕にそれなりに覚えのある15歳で、他県の強豪から勧誘されたらどうするか? 筆者はそんな妄想をするが、答えはすぐに出る。「地元の高校で甲子園を目指す」。

 理由もある。へたれの自分では、親元を離れ厳しい寮生活を生き抜く自信がない。それもあるが、たくさんのプロ野球選手を取材してきた経験から、地元に進学した選手は引退後も「帰省すれば当時の仲間と集まる」と話すが、地方の強豪に進んだ選手の多くは卒業が、その街どころか仲間との縁の切れ目となっているからだ。

 恩師が退任でもすれば、母校が甲子園に出場しても差し入れをすることもないようだ。彼らにとって甲子園は途中の停車駅であって、最終目的地はプロである。だから「二度とあの時代にだけは戻りたくない」と口をそろえる厳しい3年間を耐えられる。

プロを目指す「環境」を選ぶ選手と親。

 甲子園に出て大学に進み、ドラフト指名という未来予想図を実現するための「環境」を選ぶのが選手と親。有望な選手を集め、甲子園に出ることで知名度を上げたいのが学校。両者の間にはスカウトはもちろん、ブローカーまがいの人物が介在することもある。

 筆者は某有名校のスカウトを取材したことがあるが、学校の正規職員ではなく、安定した収入は得ていなかった。それでも有力選手がいると聞けば日参し、勧誘し、必要とあらば練習見学に連れて行く。

 しかし、その選手の才能が豊かであるほど、ライバルも多い。甘言を弄したり、その高校OBのプロ野球選手のグッズを手渡したり……。そこまでやっても入学の保証はない。そして、頭を下げてきてもらった特待生に限って、伸び悩んだり故障で思ったような活躍ができなかったりするのだ。

 そういうとき、家族や本人は例外なく「こんなはずじゃなかった。選んだ学校が間違いだった」と責任を転嫁する。これは実社会でもそうだと思うが、頭を下げられて入ってやった人材より、そこに入りたくてやってきた人材の方が絶対に役に立つ。自らの責任で選択した人生には、たとえ逆境に陥っても立ち向かう強さがあるからだ。

東大に入るために灘高へ行く少年もいる。

「だから外人部隊はダメなんだよ」という考えになるだろうが、ちょっとお待ちを。まずもって尋ねたいのだが、反対論者は越境を禁止できると思っているのか?

 自分の夢を実現するためによりよい「環境」を求める権利は誰にだってある。「東大に入って官僚になりたい」という少年が、遠く離れた灘高校を目指す。これを禁ずる権利は何人にもないのと同じである。禁じたところで付属中学をもつ強豪校が得をするだけだ。つまり12歳の青田買いが横行する。

 また高校バスケットではセネガルを中心とした外国人留学生が、駅伝ではケニアを中心とした留学生の実力が全国制覇に大きな影響を及ぼしているのは広く知られている。

 今年、バスケットの外国人留学生が試合中に審判を殴り倒すという事件があった。暴力が許されないのは当然だが、その学校には少年の母国語(フランス語)を話す人間は誰もいなかったという。つまり、授業など論外。バスケットのためだけに来日させた「助っ人」の悲劇だったのだ。

「ケニア人」と「大阪人」の違いは?

 さらにいえば国体の天皇杯、皇后杯は少し前まで開催県が獲得するのが常だった。数年前から出身地に限らず大学などの有力アスリートを県の職員や教員として採用。いわば公金を投入して強化した結果の「優勝」だった。

 こうしたスポーツ界の歴史と現状を見渡したとき、そして進学の自由という当然の権利を考えたとき、高校野球が国民的行事だからといって「越境入学は禁止もしくは制限せよ」と求めるのは短絡かつ狭量ではないだろうか。

 たとえば「セネガル人を呼ぶな」「ケニア人に走らせるな」などと言えば、たちどころにヘイト発言である。「大阪の人間は大阪で野球をやれ」と主張するのは、スケールの違いこそあれ根っこのところでは同じことだ。

 そういうチームが「好き」か「嫌い」かという考えがあるのは理解できるが、それは感情であって、認めるか認めないかの意見になってはいけない。

経営が野球に依存する私立高校も多い。

 15歳で郷里から遠く離れたところで暮らすのは、その人の人生の中でも非常に大きな決断だ。それだけの覚悟は誰にだってもてるものではない。

 大阪桐蔭を支えるエースの柿木蓮は佐賀県、二刀流の根尾昂は岐阜県の出身だ。彼らも同じように「覚悟」の持ち主だが、筆者の肌感覚では地方→都会の越境はあえて厳しい環境を求める志の高い少年だとみられている気がする。

 逆に都会(特に関西)→地方は競争率を必死に考え、打算でやってきた甲子園の亡者と世間から勝手に決めつけられてはいないか。越境を批判するのなら、少なくとも同じ線で論じられるべきだろう。

 越境入学を積極的に受け入れている地方の学校にも抜き差しならぬ理由がある。

 先に挙げた益田東は生徒数317人に対して野球部員がなんと138人。学年100人あまりの小規模私立にとって、スポーツで知名度を確保することは学園経営の生命線なのだ。

 今回の代表56校に、同じような学校はいくつかある。生徒数500人以下の校名と野球部員を記す。

 旭川大高(457人、62人)、北照(200人、59人)、白山(県立、304人、56人)、下関国際(319人、51人)、藤蔭(380人、84人)。

 一方で仙台育英(3077人、123人)、作新学院(3670人、92人)、浦和学院(2903人、99人)、慶応(2281人、106人)、近大付(2764人、56人)といった大規模校も出場した。

甲子園が受験者増の手段だとしても。

 生徒数が多ければ、少なくとも収入額は多くなる。施設面への投資や宣伝活動に回す資金力も強くなる。各校の財務状況を把握しているわけではないが、少子化のいま、地方では公立ですら定員割れという現実がある。ましてや小規模私立校が直面する問題の深刻さは容易に想像がつく。

 もちろん学校の最終目的は受験者や入学希望者の増加であって、甲子園出場はそのための1つの手段に過ぎないが、出れば在校生の士気は高揚し、地元の中学生のイメージも少なからず上がるだろう。

 逆に専用グラウンド、寮、特待生など強化のために金をかけた野球部が、さっぱり甲子園には行けませんでは運営、経営にも大きな影響を与えかねない。

 越境する生徒にも歓迎する学校にも切実な理由がある。たとえ3年間でもその地で暮らし、両親が行事や観戦で訪れ、多少なりとも街が活気づく。全否定するのは簡単だが、そんなプラスの側面だってあるだろう。最も大切なのは選手の出身地ではないはずだ。

 地元のファンに愛されればきっと「おらが街の代表」として認められる。近年、そうした活動に力を入れている指導者も増えてきた。「排除」ではなく「変化」を。愛され、応援される「外人部隊」が、新たな甲子園をつくっていく。

文=小西斗真

photograph by Kyodo News


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