白銀の青森山田からアビスパ加入。大型CB三國ケネディエブスの6年間。

白銀の青森山田からアビスパ加入。大型CB三國ケネディエブスの6年間。

 雪がすべてを平等に白く覆いつくす。小学校から中学に進み、青森で一面の銀世界を最初に見た時、三國ケネディエブスは何かが新たに始まろうとしている期待に胸を弾ませた。

「真っ白の世界に、ワクワクしました」

 しかし、東京出身の彼の抱いたその幻想的な風景への憧憬は、間もなく、現実に打ち砕かれる。

「練習が始まってからは、雪が降るたびにあまりにしんどくて。今は、もう雪を嫌いになりました」

 理想と現実。雪との格闘は、その現実を受け止め、乗り越え、ピッチに立つ、自分自身との戦いでもあった。

高2の4月、CB転向を申し出て。

 ナイジェリア人の父と日本人の母を持ち、兄のスティビアエブス(順天堂大)は2年前に青森山田が初めて全国制覇を達成した時のメンバーの1人である。その兄も、三國が臨んだ今大会の決勝の日、成人式を欠席してまで埼玉スタジアムに訪れ、弟と母校の二度目の全国優勝の瞬間に居合わせてくれたという。兄弟での全国制覇は、やはり格別だった。

 FWとして青森山田中学に進学した。全国中学大会で2年連続得点王に輝き、全国制覇も成し遂げた。ただ、彼自身の中でFWとしての物足りなさを感じていた。見据える先は、果たしてプロとして通用するかどうか。

 192cmという高さと強さ、そして50mを6秒フラットで走り切るスピード。その能力をより生かせるのは最終ラインではないか。FWとして積んできた経験も、むしろDFとして生かせる。そして高校2年の4月、思い切って黒田剛監督にセンターバック転向を申し出た。

 ただ、返ってきたのは意外な反応だった。

「どちらでも変わらないだろう。やってみろ」

粗削りだからこその可能性。

 指揮官は三國の覚悟を試していたのか、すでに感じ取っていたのか。

 三國は自分自身と向き合って出した答えを信じて、その可能性に懸けた。

 本格的なコンバート後、特に、セレッソ大阪にDFとして在籍した経験を持つ千葉貴仁コーチからの徹底的な指導を受けて成長を遂げた。夏場にはプリンスリーグの強豪との戦いで実戦経験を積み、「少しずつ形になっていきました」。10月には、センターバックでサッカー人生を懸けて勝負する覚悟を固めた。

 つまり、三國はセンターバックとして本格的にプレーして、まだ2年しか経っていない。もちろん、まだまだ粗削り。特にFWとの駆け引きや最終ライン全体をコントロールする術は、お世辞にも「高い」とは言えない。本人も重々承知している。

久保建英らのプレーで揉まれて。

 それでも2018年には高体連から唯一、インドネシアで開催されたU-19アジア選手権に臨むU-19日本代表に選ばれた。その舞台で、タイ、サウジアラビアとの2試合に先発して(3試合出場)、U-20W杯出場権の獲得に貢献した。

 U-19日本代表は、ほぼ全員がプロ、あるいはJリーグのトップチームですでに練習している選手。宮代大聖(川崎フロンターレ)、年下の久保建英(FC東京)や斉藤光毅(横浜FC)もプロのトップで揉まれていた。プレーのクオリティと意識の高さに圧倒され、そのインドネシアでの日々はさらなる成長への糧となった。

 三國は振り返る。

「周りがほとんどプロの選手の中で初めてプレーして、レベルとクオリティが一気にぐっと上がり、そこで自分は足りないものだらけだと気付かされました。そういった面では、非常に大きな経験になりました」

 大会中には日本代表の影山雅永監督から「むしろ自分が中心になるぐらいの気持ちでやってみろ!」とゲキを受けた。冷静さを常に失わないが、やや控えめ(に思われる)な性格もあり、指揮官はポジションなど様々なものを“掴み取る”強い気持ちを求めた。

冬のきつさに鍛えられた。

「青森山田に来て中学、高校の6年間、この選手権のために懸けてきました。兄貴に続きたかった。(優勝の瞬間は)さすがに感極まりました」

 1月14日の全国高校サッカー選手権決勝の流通経済大柏戦、3−1の勝利を収めて全国の頂点に立った瞬間、三國をはじめ青森山田の選手たちは力が抜けたようにピッチに倒れ込んだ。歓喜する余力も残っていないほど、すべての力を出し切った。

「精神面、メンタル的なところは、冬の間、本当にすごくきつくて、そこは鍛えられたところでした」

 そして黒田監督は試合後の記者会見で胸を張って言った。

「青森は雪国ではありますけれど、アジアカップを戦っている室屋(成)や柴崎(岳)といった選手も(青森山田から)出てきています。むしろ、苦しい思いをして雪の溶けた春先にボールを蹴れる日を待ち望み、そういう数カ月間を過ごすことも、指導の中ではすごく重要だと思っています。

 青森はあまりサッカーの浸透していない土地ではありますけれど、しかし、雪国はサッカーの育成において最高の条件だと、この大会に出ることで発信していきたい。3年で2度優勝できたことで、それを少しは伝えられたのではないでしょうか」

セルヒオ・ラモスみたいに。

 青森山田の“代表”としても世界を切り拓いている先輩たちに、三國は続くことができるか。

 卒業後はJ2リーグのアビスパ福岡で戦う。ちなみに九州の福岡を選んだのと雪がないこととは、全く関係ないということだ。

「CBを始めてまだ間もなく、足元のところや俊敏な相手に対するところはまだ課題です。スタメン争いに揉まれながら切磋琢磨して、ポジションを掴み取りたい。目指しているのは、1人で守れて、1人で点を取れる選手。コーナーキックやセットプレーでは頼りになる、レアル・マドリーのセルヒオ・ラモス選手のような存在になりたいです」

 三國はそう意欲を示す。

僕の人生の宝物になる6年間。

 しっかり自分自身の現在地を把握し、プロの世界に挑む。選手権の決勝で対戦し、鹿島アントラーズに進んだ同じセンターバックの関川郁万という人生のライバルとも巡り合えた。

 福岡を率いるイタリア人ファビオ・ペッキア新監督は真っ白な状態からチームを見る。

 ルーキーとはいえ、三國にも出場機会を掴むチャンスは十分ある。

「青森での生活は、正直きつかったです。けれど、本当に素晴らしい仲間にも巡り合えて、成長できて、僕の人生の宝物になる6年間になりました」

 三國は笑顔を浮かべて言った。

 全国制覇を達成したことで、青森での6年間のすべての風景が黄金の輝きを放つ。その大きな体に、人一倍のひたむきな心を持つ三國であれば、夢を目標に切り替え、その手で掴み取れるはずだ。

文=塚越始

photograph by AFLO


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