ジュビロ黄金期を知る前田遼一は、J2最下位・岐阜で何を楽しむか。

ジュビロ黄金期を知る前田遼一は、J2最下位・岐阜で何を楽しむか。

「イヤイヤ、収穫にはならないですね」

 今季2度目の先発、初めてのフル出場について「収穫か」と問われた前田遼一は、即座にそれを否定し、苦笑した。

 今季、FC東京からFC岐阜に加入。元日本代表への期待は当然大きい。開幕からベンチスタートが続き、負傷離脱もあった。5月5日の琉球戦に途中出場から1ゴール(○2−1)、5月12日の金沢戦も0−2の後半10分にピッチに立ち、2得点(●2−3)と結果を残す。

 そこまでの試合でピッチに立ったのは158分間。放ったシュートは3本のみ。すべてがゴールとなり、シュート決定率100パーセントという記録を残している。

立て続けに失点、前線の前田は孤立。

 そして5月19日のJ2リーグ第14節、ジェフユナイテッド千葉戦で先発出場を果たした。

「今までの試合では、結構押し込まれる展開が続いていたので、あまり引かずに前で頑張ろうと試合に入りました。でも、結局、前で戦うわけでもなく、起点にもなれなかった。セットプレーで失点してからは、戦い方がわからなくなった」

 この日の対戦相手、千葉も岐阜同様に下位で苦しんでいた。13節終了時点で千葉の勝ち点は14、岐阜は12。試合開始直後は岐阜に勢いがあり、前線でボールを奪いゴールに迫るシーンも見られた。しかし10分、セットプレーから失点すると、12分、22分とゴールを許す。プレスも効果がなく、相手攻撃陣に翻弄され、為す術もない。

 組織だけでなく、球際など、選手個々が気持ちを見せていく場面でも、千葉に飲み込まれていた。

 前線に立つ前田も、ボールを触るシーンがほとんど巡ってこなかった。何度かクサビのパスを受けるシーンはあったが、ボールを持って前を向く好機はまったくなかった。

 自分が下がれば、さらに押し込まれるかもしれない。チャンスを作るには、たとえ孤立したとしても、前に残っているべきか。しかし間延びしてしまえば、それもピンチを招く。チームの一員として、どうするのが最善かを考えていたはずだ。

円陣の中心でチームを鼓舞。

 36分、千葉が4点目のゴールを決める。

 ボールを手にした前田は、いち早くセンターサークルへ向かう。仲間を鼓舞しようと手を叩く岐阜の選手もわずかしかいない。意気消沈している様子は一目瞭然だった。仲間を集め、円陣を組む。その中心に立ったのは前田だった。寡黙なストライカーが言葉を発しているのが、スタンドからも見えた。

「前から行くのも中途半端になっている。ボールを繋ぐにも選手同士が遠くなっているから、もう少し選手間の距離を良くしよう」

 コンパクトな陣形を取戻すためにやるべきことを明確にする。4点差を取り返すうえで重要なのは、混乱しているチームを落ち着かせることだったに違いない。

 再開後、相手に奪われたボールを猛然と追う前田の姿があった。ポジションを下げてでも守備に奮闘する様子は、この日初めて見た前田遼一らしいプレーだった。

「僕は1番前にいるし、チームを変えたいという気持ちはあった。でも結局は変えられなかった……。自分の力不足を感じた。プレーの面でも、ほかの面でも」

大木監督が修正を図るも……。

 前半、前田がシュートを打つシーンはなく、チームのシュート数も2本(対する千葉は13本)。45分間を見ただけで、前田が「シュート決定率100パーセント」である理由は想像できた。

 シュートを打てるシーンそのものが少ないのだ。一方的だった千葉戦が特別というわけでもないだろう。チームメイトとの連係という部分でも大きな課題があると感じた。

「前半から相手を抑えきれなかった。後半はフォーメーションを変えて、なんとかなったがこの結果」

 試合後の大木武監督の言葉通り、岐阜はハーフタイムに修正し、後半はペースの落ちた千葉(シュート数6本)を上回る8本のシュートを放った。しかし63分にも失点。90分に一矢報いるゴールを決めたものの、1−5と大敗した。

シュート2本に終わった前田。

 前田はこの日シュートを2本放った。そのうちの1本はいい形のシュートだったものの、枠を外している。そして、もう1本はぺナルティエリア内でのヘディングシュートだが、これは右へ開いて受けたボールを中央に落としたようにも見えた。しかし、ペナルティエリア中央のスペースに味方は誰も走り込んでいなかった。

 このようなシーンで、味方へのパスではなく、シュートを選択する選手も少なくはない。そして岐阜の選手たちも、前田がシュートを選択すると考えたのかもしれない。

 もちろんひとつの場面だけで、判断するのは危険だとは思う。ただ単に、疲労が原因だったかもしれないなど、ゴール前に走り込む選手がいなかった理由は幾つも考えられる。

 とはいえ、「前田ならあそこはパスを出すだろう」という共通認識がチームに浸透していないこと、そして強引に個人で打開する判断も、前田に必要とされる意識だと思った。

「難しさは感じている」

 高卒ルーキーとして加入した頃の磐田は、まさに黄金期と呼ばれる時代だった。阿吽の呼吸で美しいパスサッカーが描かれた。しかし、その強さを支えたのは走力や泥臭い守備。それを前田は教え込まれた。メディアに得点を褒められても「今日はあまり、走ってなかった」と悔しがっていたことを思い出す。

 その後、J2降格を経験したが、それでも、気心の知れた仲間とプレーすることが最善だと考え、移籍を躊躇したこともある。それでもFC東京へと移り、そして今季、岐阜へやってきた。

「大木監督が指揮を執って3年目。長くやっている選手もいるなかで、自分が『こうしたほうがいい』と感じても、それが間違っている場合もある。そういう意味での難しさは感じている」

 チームのサッカーを理解し、自身のプレーを周知させ、アピールしなければならない。FWはパスが来なければ、仕事ができないのだから、猶予はない。磐田時代にJ2を戦った当時と、岐阜で戦う今では、同じカテゴリーでもまったく状況は異なる。予算が違えば、おのずと選手も変わる。昨季J1上位争いをしていたFC東京から、J2残留争い中の岐阜へ。

 この挑戦は、単なる移籍とは違う難しさがあるのだろう。

磐田を離れ、東京を経て、岐阜に来た。

 37歳。鍛え抜かれた身体は、20代前半の選手が多い岐阜のなかで、外国人選手のように際立って見える。確か、20代前半の前田には、30代後半の中山雅史というチームメイトがいた。

「あのときと、今を普通に比べられないけど。ただ僕はもうちょっと、プレーでも言葉でもチームをいい方向へ変えていかなくちゃダメだと思います。変えたかった……」

 せっかく掴んだ先発の座も「この結果ではどうなるかわからない」と静かに笑った。

 ほぼ10年前、試合に負けたあとの前田の言葉を思い出した。世代交代を迎え、かつてのようなサッカーができなくなった磐田での話だ。

「みんなでやるのは、難しいけれど、みんなでサッカーができるようにしていく。それがサッカーの面白さだから」

 磐田から東京へ移籍した前田は、メディア対応にも積極的になり、変化があった。環境が変われば、おのずと人は変われる。岐阜でどんな人間に変われるのか。

 J2最下位に沈むチームで、いかなる奮闘ができるのだろうか、楽しみだ。

文=寺野典子

photograph by Getty Images


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