光源氏役で氷上でのラブシーンも。表現者・高橋大輔が見せた新領域。

光源氏役で氷上でのラブシーンも。表現者・高橋大輔が見せた新領域。

 高橋大輔が主演をつとめる舞台「氷艶hyoen2019 −月光かりの如く−」が7月26〜28日に行われ、大反響を呼んだ。スケーターはセリフあり生歌あり、役者はスケート靴を履いて殺陣を演じる。どんなアイスショーとも比較にはならない、新たな芸術の誕生ともいえる舞台だった。

 前作の「氷艶hyoen2017『破沙羅』」は、スケートと歌舞伎のコラボレーションという位置づけで、2つの魅力が見事に融合した芸術だった。

 今回は、演出の宮本亜門が「異種格闘技エンターテイメント」と評したように、そもそもスケートに軸足を置いていない。ミュージカル、演劇、スケート、プロジェクションマッピング、和太鼓、美しい衣装などさまざまな要素を詰め込んだ、一言では説明できないような舞台だ。

終わった瞬間に「もう一度見たい!」

 着物や照明の芸術的な美しさに見入ったかと思えば、コミカルな演出で笑いをとる。そして美しい歌声を会場に響かせたかと思うと、クールなスケートの演技が披露される。

 さらにストーリーも、予想できない出来事が次々と展開され、まるで韓流ドラマのように引き込まれていく。150分の舞台はあっと言う間で、終わった瞬間に「もう一度見たい!」と思わせる、刺激の多いエンターテイメントに仕上がった。

 この複雑な舞台を成功に導いた一番の立役者は、もちろん光源氏を演じる高橋大輔だ。高橋自身はこの舞台を通して、表現力の領域を大きく伸ばした。

 もともと演技派の高橋だが、通常のスケートのプログラムならば、1つのプログラムで1つの役を演じる。2分40秒や4分という短い競技時間では、長いストーリーまでは語ることが出来ない。しかし今回は150分の長いストーリーを通じて、子供から大人へと成長していく光源氏の心の変化を演じた。

人生初となるラブシーン。

 若君のころに異母兄弟の朱雀(ステファン・ランビエル)とともに狩りに行くシーンでは、本当に少年のような表情を見せる。2人が競いあいながらイーグルやバレエジャンプを交互に繰り出す様子は、20代でジャンプ競争をしていた頃を彷彿とさせた。

 そして人生初となる平原綾香とのラブシーン。「私を救えるのはあなたしか居ない!」と言って平原演じる藤壺の寝所に押し入り、抱きしめる。すがるような眼差しで、少年が年上の女性に恋をする切ない気持ちを表現する。ここでは俳優としての演技力を披露した。

 次のラブシーンは紫の上(ユリア・リプニツカヤ)との氷上でのダンス。2人は近づいたり、離れたり、氷の上でたわむれながら滑る。Y字スパイラルで滑るリプニツカヤをやさしくリードし、抱きしめてキス。自らが育てた可愛い紫の上を守ろうという、男らしさを醸し出す滑りだった。

 続いては、紫の上を追ってきた帝の兵との殺陣。氷上ではなく船の上ということもあり、スケート靴を履いたままでは動きにくいはずだが、日本刀をふりまわし軽快に格闘シーンを演じ切る。ここではまさに武者といった、力強い源氏の姿を演じた。

「私が愛した者は皆、去っていく」

 さらに明石に流れ着いた源氏は、海賊とともに都を目指す。弘徽殿の言いなりになって悪政を敷く朱雀帝の目を覚まさせよう、そして紫の上を取り戻そう――。そんな使命を胸に立ち上がるシーンは、海賊の松浦(柚希礼音)と共に熱唱し、ミュージカル歌手としても一流といえる才気を見せた。

 クライマックスは、さらに多彩な才能を見せる。自分をかばって毒杯を飲んだ紫の上が息絶えると、その苦しさを歌声に託す。

「私が愛した者は皆、去っていく。幸せになることなく去って行く。誰ひとり幸せにすることが出来ないのか、この私は。なぜ私は生まれて、なぜこの世に生きているのか。月よ教えてくれ、これが私の定めなのか」

哀愁ただよう歌声で観客の涙を誘う。

 孤独な運命をのろい、愛した女性たちを偲ぶ、長い、長い独唱。生歌が初めてとは思えない哀愁ただよう歌声で、観客の涙を誘った。

 その歌声に続いて、悲しみを爆発させるスケートの舞。運命にあらがうかのように、激しく、それでいて美しさのある滑りを見せた。このまま今季のプログラムにしたいような、そんな孤高の美を醸し出す滑りだった。

 これで高橋の出番は終わりかと思いきや、最後のとどめはワイヤーアクション。亡き源氏を想う藤壺のもとに、幻影となって月から現れる。藤壺の背中を抱き、ふたたび、月の光のなかへと飛んでいく。言葉も大きな動きもない『幻影』としての演技だが、指先の角度や、目の表情だけで、藤壺への想いを見事に醸し出した。

 まさに歌って踊って跳んでの3拍子。スケーター高橋ではなく、身体表現者として新たな領域に踏み込んだことは間違いない。

荒川静香が演じた「狂気」

 高橋は初演後、「台本をもらった時は棒読み状態。歌も収録予定だったのが、生歌に変更になり、正直恥ずかしかったですが、この作品のため『やるっきゃない』と腹をくくりました。魅せ方は、役者の方々から学ぶものが多くあり、今後に活きてくると思います」と語り、手応えを感じている様子だった。

 また各配役が、それぞれの新境地を見せたことが、舞台の力になった。

 荒川静香は、朱雀の母である弘徽殿の役。第一皇子である息子を帝にしようと、第二皇子である源氏を強く憎んでいる設定だ。「本番でも、役を演じながら自分の解釈がどんどん形を変えていくのではないか」と話していたが、まさにその通り。息子を愛するがあまり、弘徽殿の狂気はエスカレートしていき、源氏の暗殺計画を何度もくわだて、最後には自らが短剣を抜いて源氏を刺そうとする。

舞台のアクセントとなった織田信成。

「息子の幸せを想い、少しでも良い未来を用意したいという母の願いが、歪んだ形になってしまう哀しさには、現代を生きる私たちにも共感できる部分があります」

 と荒川。自身も昨年に第二子となる長男を出産したばかり。母である今の荒川にしか表現できない領域でもあり、単なる悪役のトップというだけでなく、その裏にある苦しみが伝わる名演技となった。

 また、舞台のアクセントとなったのは、織田信成が演じる陰陽師。織田にとっては「スケート人生を通じて初めて演じる悪役」とのことだったが、やはり織田らしく、怪しい奇妙な演技で、呪術のまか不思議な世界へと観客を引きずりこんだ。

「曲線的でヘビのような妖しさをはらんだ動きをイメージした」といい、試合ともアイスショーとも違う、これまでに見せたことのない、重力を感じさせない不思議なステップを披露。短い時間の出演だが、誰よりもインパクトの強い役となった。

平原綾香は「究極のチャレンジ」と語る。

 源氏が愛する2人の女性も、それぞれ雅な世界を創り出した。

 平原綾香は、源氏が想いを寄せる藤壺を好演。歌手として知られる平原だが、近年は『メリー・ポピンズ』や『ラブ・ネバー・ダイ』などミュージカル女優として活躍の場を広げている。今回は、オファーを受けてから毎日のようにスケート場に通ったといい、役者としての意地を見せた。

「俳優や歌手がスケート靴をはいて挑戦する舞台なんて聞いたことがありません。究極のチャレンジ」と平原。

 舞台では、源氏との結ばれない恋に身を焦がす藤壺を熱演。源氏とのラブシーンの後には、「一夜の儚い恋は消えゆく。忘れて下さい。これが夢でも幸せでした」と、伸びやかな歌声で会場を包んだ。

リプニツカヤはシャイな性格だが……。

 またユリア・リプニツカヤは、人生2度目のアイスショーという貴重な舞台を踏んだ。'14年ソチ五輪団体では、史上最年少の15歳で金メダルを獲得したものの、'17年に引退。その後はスケートから離れていたが、昨年からコーチとして氷上に復帰したばかり。代名詞ともいえる、完全に足を真上まで持ち上げるキャンドルスピンは健在だった。

 もともとシャイな性格の彼女だが、今回のオファーを受けて、ロシア語の源氏物語の文献を読むなど、役作りを研究。

「日本人女性を演じるのが難しいかと聞かれることもありますが、答えはノーです。1人のスケーターとして異なる国と文化のスタイルを試すのは良いことですし、日本の伝統文化を自分の表現に取り入れることに違和感を感じませんでした」という。

 ピンクの着物を身にまとい、可憐な少女に変身。事前発表の写真では黒いカツラをかぶっていたのだが、本番は金髪のロングヘアで登場した。これが不思議と自然に、平安時代の少女のように見えてしまう。

 高橋も「彼女ならではの透明感ある美しさが、紫の上の若さ、そしてミステリアスな魅力へと反映されていると思います」と話していた。

新しい総合芸術が生まれた。

 それ以外にも、朱雀帝を演じたステファン・ランビエルはまさに適役で、彼の貴公子らしいたたずまいは、平安時代の雅な空気感を見事に創り出していた。

 福士誠治、波岡一喜といった俳優陣らは、スケートを特訓し、素晴らしい身のこなしを氷上で披露。西岡徳馬も、カーテンコールではスケート靴で現れた。源氏や朱雀、紫の上の幼少期を演じた子役スケーターたちも、本当に可愛らしく、外せない配役だった。

 スケーターも役者も、また美術も含めたすべてのスタッフが一体化して生まれた、新しい総合芸術。

 高橋も「今後は、今回のように競技以外でスケーターが活躍できる場所、表現者として表現できる環境づくりを目指したい」という。

 スケートの可能性は、まだまだ無限にあることを感じさせてくれる3日間だった。

文=野口美惠

photograph by Kiichi Matsumoto


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