恩師が明かす渋野日向子の高校時代。一度だけ叱った「OLになります」。

恩師が明かす渋野日向子の高校時代。一度だけ叱った「OLになります」。

「勉強も部活も、何事もそつなく、一所懸命やっていました。ひと言で言えば『手のかからない子』でしたね」

 岡山県作陽高校の外部指導者としてゴルフ部の監督を務める田渕潔氏は、いまや時の人の高校時代を、こう振り返る。8月上旬のAIG全英女子オープンで、日本人女性として42年ぶりの海外メジャー大会優勝を成し遂げたプロゴルファー、渋野日向子だ。

 県北部の津山市に校舎を構える作陽高校は、J1サンフレッチェ広島MF青山敏弘など多くのJリーガーを輩出している男子サッカー部のほか、女子サッカー部、柔道部などが全国大会の常連として名高い。ゴルフ部も同様で、特に女子は6人の卒業生がプロのツアー選手(渋野のほかに藤本麻子、西木裕紀子、東浩子、丹萌乃、須江唯加)として活躍している。

高校生活を謳歌、成績も優秀。

 同校ゴルフ部は、学校から車で15分ほどの距離にある田渕氏経営の『緑ヶ丘ゴルフ練習場』と、その近くのゴルフコースでの練習に加え、やはり近くにある女子サッカー・岡山湯郷Belleの施設を借りて筋力トレーニングも行うなど、環境が充実している。岡山県出身で、2014年に同校のスポーツコースに入学した渋野も練習に励む日々を過ごしたが、田渕氏はゴルフ漬けになることを、よしとしなかったという。

「生徒が高校時代を振り返って『ゴルフ場に行った記憶しかない』という状態になり、燃え尽きてしまうのは嫌なんです。だから体育祭や文化祭、修学旅行などの学校行事には、なるべく参加するように言っています」

 渋野もクラスメイトと高校生活を謳歌しながら、ゴルフの力を伸ばした。スポーツコースに進んだとはいえ、もともと学力で特待生になっており、学業成績は優秀。文武両道を地で行く「手のかからない子」だった。

揺れる渋野に叱咤した田渕氏。

 渋野は2015年夏の全国高校ゴルフ選手権の団体戦で、2008年に続く同校2度目の優勝に貢献している。メンバー5人中4人が3年生で、唯一の2年生。そのうちの4人が出場し、2日間ラウンドして上位3人のスコア合計で争われる大会で、チーム3番目の成績を残した。

 3年生のときはキャプテンを務めた渋野に、田渕氏は「何かを言った記憶は、ほとんどない」と話すが、「一度だけ怒ったことがある」という。

 前述の通り成績も優秀だったので、高校卒業後は大学に進むのだと田渕氏は思っていた。だが本人は予想に反して「プロになりたいです」と思いを明かす。

「それはいい、自分で決めたのなら、いろいろな形でサポートするよ、と言っていたんです。それなのに……」

 渋野の心は揺れていた。

「1カ月後くらいに『やっぱりプロにはならず、ゴルフ場に就職して普通のOLになります』と言ってきたんですよ。迷っていたんでしょうけど、『自分で決めたのだから、頑張らないとダメだよ』と怒りました。ゴルフ部の後輩たちもプロを目指す渋野の姿を見て、頑張ろうとしていましたからね」

プロテスト不合格からのメジャー制覇。

 思い直してプロを目指したが、卒業1年目の2017年はプロテストに合格できなかった。

「落ち込んだ様子だったので、『そんなにスムーズにはいかないよ』『来年の合格を目指せ』と言いました」

 女子のプロテストに合格できるのは年間20人という狭き門だが、翌2018年に合格。今年に入ると5月にツアー初優勝、7月に2回目の優勝を果たし、8月に初の海外挑戦でメジャー初制覇を成し遂げた。あまりにも急激な上昇曲線に、田渕氏も驚きを隠せない。

「今回、初めて海外メジャーに出場するときも『頑張れよ』と言いましたが、何回かは挫折するだろうと思っていました。いきなり優勝するなんて、常識では考えられません」

「切り替えの早さ」は昔から。

 ただ、それを可能にする要素は高校時代から持っていたと田渕氏は言う。

「現在の選手は、技術は誰でもうまいので、差が出るとしたら負けず嫌い、動揺しない、などのメンタリティー。そこが渋野は強かったですね。ミスショットの後のリカバリーなど、気持ちの切り替え、割り切りは早かったです」

 メンタルの強さは、偉業達成の瞬間にも表れていた。

 現地時間8月4日のAIG全英女子オープン最終日。17アンダーで最終18番ホールを迎えた渋野は、5メートルのバーディーチャンスを迎えた。決めれば優勝。外して2パットのパーなら、同じ17アンダーで先にホールアウトしたリゼット・サラス(アメリカ)とのプレーオフへ。3パットのボギー以下なら優勝を逃すことになる。

 運命の一打。大会初日からテレビ中継を見守っていた田渕氏は渋野のパットに、思わず息をのんだ。

「強く打ったので『うわっ!』と思いました。あれで入らなかったら大きく外れて、3パットになっていたはずです」

 スライスのラインに乗ったボールは、ど真ん中からカップに吸い込まれた。

優勝を決めた“強気”のパット。

「ああいう場面で選手の本質が出るんです。『2パットでもいいかな』と考えるか、『絶対に入れてやる』と考えるか。あの状況で決断し、練習通りに強く打って、入れるのは、強いものを持っていたからであり、努力の積み重ねがあったからでしょうね」

 渋野は優勝後、最後のパットを「強気でいった」と振り返っている。この日、3番ホールが4パットのダブルボギーとなるなど不調だった前半から一転、後半9ホールで巻き返したのも、優れたメンタリティーの賜物だろう。

「スマイル・シンデレラ」の異名通り、高校時代も笑顔が印象的だった。とはいえ、思うようなプレーができず、不機嫌になることも。それでも田渕氏はゴルフの特性を踏まえて、渋野に問いかけた。

「『ふてくされても、どうしようもないよ。自分でやっているんだから』と言っていました。ゴルフは個人スポーツで、自分がすべての責任を負う。失敗しても、二度としないように、前向きにやるしかないですから」

「これからが大変だよ」

 優勝の数日後、田渕氏は祝福の電話を掛けた。

「『おめでとう』と同時に『これからが大変だよ』とも言いました。こういうときはホッと一息ついてしまいがちですが、自分がダレてしまうとスコアもダレて、成績も落ち気味になる。『まだ若いんだから、優勝したことがないつもりで頑張れ。海外メジャーでも2勝目、3勝目という意識を持っていれば、息の長い選手になれるよ』と」

 恩師の期待に応え、渋野は帰国後も挑戦を続けている。凱旋出場した8月第2週の北海道meijiカップは13位タイ。翌週のNEC軽井沢72では3位だった。

「普通のOLになります」と言ってから3年。帰国後の多忙な日々でも笑顔を忘れないシンデレラに、深夜0時が訪れる気配はない。

文=石倉利英

photograph by Toshihide Ishikura


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