監督、解説者から商店主まで──。クライフ時代のバルサ選手たちの今。

監督、解説者から商店主まで──。クライフ時代のバルサ選手たちの今。

 すでに本欄でも以前に紹介したが、『フランス・フットボール』誌には「彼らは今」という、かつて一世を風靡したチームの選手たちが、現在何をしているかを紹介するページ(不定期連載)がある。同誌7月30日発売号でロベルト・ノタリアニ記者が書いているのが、1992年のFCバルセロナ――ヨハン・クライフ監督のもと、チャンピオンズカップ(現CL)で悲願の初優勝を遂げたあのバルセロナである。

 このバルセロナは日本ともなじみが深く、'90年7月に初来日を果たし、日本リーグ(JSL選抜)と2試合(広島と東京・駒沢)を行った際には、ウェンブリーでの決勝のピッチに立った13人中11人が酷暑の日本でもプレーしている。

 また後にフリスト・ストイチコフ(柏レイソル)とミカエル・ラウドルップ(ヴィッセル神戸)、フリオ・サリーナス(横浜マリノス)、さらには決勝の出場こそないがチキ・ベギリスタイン(浦和レッズ)の4人がJリーグに移籍した。そんなチームは('94年ワールドカップ優勝のブラジル代表を除き)他に例がないのではないか。

 さらに筆者(田村)も個人的に多少の縁があり、駒沢の試合を見に行ったのもそうだが、初めて海外で見た試合、初めてのウェンブリー、初めてのチャンピオンズカップ決勝がバルセロナ対サンプドリアだった。ボローニャでのF1・サンマリノGP取材中、『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙で見つけた決勝弾丸ツアーの小さな広告を見て応募し、サンプドリアのサポーターと共にチャーター便でロンドンに向かったのだった。そしてその数カ月後、トヨタカップで来日し、国立競技場の前日練習で彼らから受けた強烈なインパクト。それら一連の経験は、筆者のサッカー記者としての原点のひとつでもある。

 そんなバルセロナの選手たちは、その後どうなったのか。彼らの今は?

                                 監修:田村修一

控え目な性格が災い?

アンドニ・スビサレッタ(GK、57歳):スポーツディレクター

 アスレチック・ビルバオ(2001〜'04)とバルサ(2010〜'15)でスポーツディレクターを務めた後、'16年10月27日からオリンピック・マルセイユで同職に就任。

 チームの改革に心血を注ぐが、控え目な性格が災いして劇的な変化をもたらすには至っていない。

アルベルト・フェレール(DF、49歳):テレビ解説者

 元右SBのフェレールは、メディアで解説者の仕事をする傍ら監督業にも携わっている。ラジオのオンダ・セロ(Onda Cero)やテレビのラ・セクスタ(La・Sexta)、今日ではスポットでアンテナ3の解説もこなしている。監督ではフィテッセ、コルドバ、マジョルカを歴任、現在はFCバルセロナのOBチーム、バルサ・レジェンズの指揮を執っている。

「商店主」になった選手は?

ロナルド・クーマン(DF、56歳):監督

 リベロとしての選手キャリアを1997年に終えた彼は、フース・ヒディング監督のもとオランダ代表アシスタントコーチを'98年ワールドカップまで務めた後、ルイス・ファンハール監督下のバルセロナでも'99年12月までコーチを続けた。その後はフィテッセ、アヤックス・アムステルダム、ベンフィカ・リスボン、PSVアイントホーフェン、バレンシアCF、AZアルクマール、フェイエノールト・ロッテルダム、サウサンプトン、エバートンの監督を歴任。'18年2月からはオランダ代表監督を務めている。

ナンド(DF、51歳):商店主

 現役時代はセビージャ、バルサ、レアル、エスパニョールでセンターバックとしてプレー。現在はセビージャに住み、商店を営み雑誌を販売している。

監督として獲得したタイトルは27。

エウゼビオ・サクリスタン(MF、55歳):監督

 現役時代は攻撃的なミッドフィールダーであった彼は、2003〜'08年にはフランク・ライカールト監督のもとバルセロナでアシスタントコーチを務めた。

 その後はセルタ・デ・ビーゴ、バルセロナB、レアル・ソシエダの監督を歴任し、昨季はジローナFCの監督に就任するがクラブの2部降格とともにこの6月に辞任。

ペップ・グァルディオラ(MF、48歳):監督

 知性溢れるプレーと卓越した戦術理解力で傑出していた現役時代。引退後もその能力の高さで類稀な監督となった。バルセロナではBチーム(2007〜'08)の後にAチームの(2008〜'12)監督を歴任。さらにバイエルン・ミュンヘン(2013〜'16)を経て'16年7月からマンチェスター・シティの監督に。これまで監督として獲得したタイトルは27を数える。

ウンズエではなく、ロドリゲスだった。

ファンカルロス・ウンズエ(MF、52歳):監督

 左サイドのMFから最後は左サイドバックにコンバートされて現役を終えた彼は、この6月までかつてのチームメイトであったエウゼビオが監督するジローナでアシスタントコーチを務めていた。それ以前はバルセロナのGKコーチ、セルタ・デ・ビーゴ、バルセロナでルイス・エンリケのアシスタントコーチを歴任。また自身もヌマンシアとサンタンデル、セルタ・デ・ビーゴの監督を務めた。

(訳者注:92年決勝でスタメンとしてピッチに立ったのはファンカルロス・ウンズエではなくファンカルロス・ロドリゲスで、ウンズエとしたのはロベルト・ノタリアニ記者の誤解。編集部のチェックからも漏れてしまったようである。ちなみにファンカルロス・ロドリゲスは現在54歳だが職業は不明。ただしレアル・バジャトリッドで継続的に仕事に就いていることが確認されている)

ロシアやカタールなどを巡る。

ホセマリ・バケロ(MF、56歳):クラブ首脳

 1999〜'15年にかけてスペインでコーチ、スポーツディレクターとして活動(マラガB、レアル・ソシエダ、バレンシア)した後、彼は活動の場を世界に広げた(メキシコのプエブラ、ポーランドのポロニア・ワルシャワとレフ・ポズナニ、ペルーのファン・アリウチ、ベネズエラのデポルティボ・ラ・グアイラ)。

 '17年にバルサに復帰し、現在は育成コーチを務めている。

ミカエル・ラウドルップ(MF、55歳):監督

 現役引退後は指導者に転身し、モアテン・オルセン監督のもとデンマーク代表のアシスタントコーチを2000年から務めた。監督になったのは'02年のブロンビーが最初で、4シーズンを過ごした後にスペイン(ヘタフェ、マジョルカ)、ロシア(スパルタク・モスクワ)、ウェールズ(スウォンジー)、カタール(レフウィア、アルライヤン)などの国を巡り、今年初めにデンマークに帰国した。

1994年のバロンドール受賞者の今。

フリオ・サリーナス(FW、57歳):メディア解説者

 現役時代はストライカーとして活躍した彼は、現在はスペインの様々なメディア(RNE、RCA1、TVE、TV3、ムンド・デポルティーボ)で解説者を務めている。

フリスト・ストイチコフ(FW、53歳):テレビ解説者

 1994年のバロンドール受賞者である彼は、'04年から'13年までの間、ブルガリア代表とセルタ・デ・ビーゴ、マメロディ・サンダウンズ(南アフリカ)、リテックス・ロベツ、CSKAソフィアの監督を務めた。その後はマイアミに移住し、スペイン語のテレビ局ユニビジョン・デポルテスの解説者に収まっている。

 こう見るとクライフの薫陶を受けたせいか監督として活躍しているものが多い。そして当時の監督であったヨハン・クライフだが、2016年3月24日に68歳で逝去したのは周知のとおり。

文=ロベルト・ノタリアニ

photograph by Pascal Rondeau/L'Equipe


関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる

あわせて読む

主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索