“テコンドーの貴公子”鈴木セルヒオ。「惜しかった奴」が東京五輪へ!

“テコンドーの貴公子”鈴木セルヒオ。「惜しかった奴」が東京五輪へ!

「メキシコへ練習に行ってスペイン語を喋った時には『あれ?』という顔をされました。イタリアのコーチには『なぜイタリア人の名前なの?』と聞かれました。もしかしたらイタリアがルーツの名前なのかもしれない」

 テコンドー男子−58kg級の鈴木セルヒオ(東京書籍)は日本人の父とボリビア人の母の間に生まれたハーフだ。神奈川県生まれだが、5歳で家族とともにボリビアへ。翌年、3歳上の兄とともに足を運んだ様々な格闘技をやっていた大きなジムでテコンドーと出会う。

「テコンドーが楽しいというより友だちと遊べる方が楽しかったのかも」

 その後、中学生にしてシニアの全国大会で優勝するなど、ボリビアでは“テコンドーの神童”として名が通っていた。

 そんな息子の活躍を目の当たりにした両親はテコンドーの本場・韓国への留学を勧めた。セルヒオは日本を飛び越え韓国へ渡った。

セルヒオ「あの時は心が折れていた」

「韓国にはテコンドーが強い国というイメージがあった」

 一度も下見をすることなく、ソウルにあるテコンドーの名門・漢城(ハンソン)高校へ。プライドはズタズタに切り裂かれた。

「ボリビアでは一番だったけど、韓国ではオモチャのように弄ばれました。いかに自分がレベルの低いところでやっていたのかと痛感させられました」

 ボリビアに帰りたかった。セルヒオは「あの時は心が折れていた」と振り返る。

「テコンドーを嫌いにはならなかったけど、自分に失望していました」

 チームの中でのポジションはずっと補欠だったが、日々揉まれ続けたおかげでセルヒオは少しずつ成長していく。

「ずっと練習ばかりしていましたからね。でも、気持ちは下がっていたので楽しめていなかった」

なぜ日本の大学に進学したのか?

 そのまま韓国の強豪大に進む話もあったが……セルヒオは日本の大東文化大に進学した。「韓国の強い大学で強化合宿を1カ月ほど張ったけど、高校とあまり環境が変わらないんじゃないかと思い始めた。そう思った矢先に日本の話があった。なんとなく新しいところに行ってみようという思いがありましたね」

 過去あまたの名選手を育てた、大東文化大テコンドー部の金井洋監督の指導は刺激的に映った。

「正直、韓国のコーチより怖かった。ケツバットとか逆立ちみたいな罰ゲームはなかったにもかかわらず、オーラというか、一言一言が重い」

 ある日、セルヒオが技術的なアドバイスを金井監督に求めると、「自分で考えろ」と突き放された。

「その時は思わず『教えろよ』と反発したくなりました(笑)。でも、そういう指導をしてくれたおかげで、考えるテコンドーができるようになったと思う」

 飛躍のきっかけは2013年秋に行なわれた全日本学生選手権での優勝だった。

「自分も、やれば結構できるんじゃないかと思えるようになりました」

韓国と日本の練習はまったく異なっていた!

 韓国と日本の練習の違いも肌で感じた。

「まずは練習量が違う。韓国の方が圧倒的に多い。朝昼晩と1日3部練習。全部で4〜5時間も練習する。僕は韓国は量、日本は質というふうに認識するようになりました。(高校生だったせいかもしれないけど)韓国はやらされる練習、日本は自分からやる練習という印象もある」

 大学3年でシニアの全日本選手権で初優勝すると、その勢いで初出場となる2015年の世界選手権でもベスト16まで勝ち上がった。

「ようやくここまで来たという感じでした。当時のテーマは防御。『攻撃は最大の防御』という言葉もあるけど、あの頃の僕は『防御こそ最大の攻撃』という思いでやっていた。相手の攻撃をサバいて、チャンスがあれば、しっかり攻撃する。いまはルールが違うのでちょっと変わりますけど、そういう考え方になってから勝率は上がった」

「惜しかった奴」で終わりたくなかった。

 翌年のリオデジャネイロ五輪にも出場が期待されていたが、アジアの大陸予選であとひとつ勝てばというところで中国人選手に敗れてしまう。

 リオ後のことは考えていなかったセルヒオは絶望感に打ちひしがれた。

「大学を卒業してからも競技を続けられるとは思わなかったので、もう終わりかなと諦めムードになりました」

 それからセルヒオは現役続行を決意する。

 きっかけは周囲から「惜しかったね」と労いの言葉を何度もかけられたことだった。

「惜しかった奴のままで終わりたくはなかった」

 努力の甲斐あって、セルヒオは女子−57kg級の濱田真由(ミキハウス)、女子−49kg級の山田美諭(城北信用金庫)とともに東京五輪日本代表の最有力候補といわれているまでに成長した。

1月の五輪最終選考優勝を目指して。

 ただ、2度目の2017年世界選手権もベスト16。世界の壁を感じたセルヒオは思い悩んだ。

「結構やりあえるし、いいところまでは行く。でも勝ち切れない。海外の選手、中でも韓国の選手は身体能力が高い。ベスト8より先になると、みんなバケモノ。自分はバランスもとれているし、いろいろな引き出しもあるし、タイミングもいい方だと思う。でも、何かひとつ足りない」

 現在は右肩のリハビリと闘う身。9月開催の千葉グランプリへの出場も見合わせた。

「脱臼と亜脱臼。2回外れて、ちょっとクセになっていた。今後の競技生活に響くような感じだったので、今年4月に手術しました。その1カ月後には練習に復帰し、少しずつ強度を上げています」

 現在出場を決めているのは来年1月開催の五輪最終選考のみ。セルヒオは一発勝負にかけることになる可能性が高い。

「その大会で優勝したら内定が出る。僕は大舞台になると結構良かったりするので楽しみです」

 もう自分に失望することはない。一見格闘技とは縁遠そうな細面のイケメンは穏やかな怪物になれるか。

文=布施鋼治

photograph by Naoki Nishimura/AFLO SPORT


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