1イニングで終わった世界デビュー。佐々木朗希が自己主張したあの瞬間。

1イニングで終わった世界デビュー。佐々木朗希が自己主張したあの瞬間。

 最速163キロ右腕、佐々木朗希(大船渡)の世界デビューは、1イニングで終わった。

 8月30日から9月8日まで韓国で開催されたU-18ベースボールワールドカップ。佐々木は6日の韓国戦に先発登板したが、1回裏を投げ終えたところで無念の降板となった。

 佐々木は8月26日に行われた大学日本代表との壮行試合で右手中指にまめを作り、ノースロー調整が続いていた。それでも、当初の見込みよりも回復スピードが早く、30日にキャッチボールを再開し、9月2日の試合中には壮行試合以来1週間ぶりにブルペンで投球した。

 ブルペンの周りに集まった大勢のカメラマンや記者、スカウト、そして観客から、思わず「うわ」とため息が漏れる。

「ちょ水上、早く帰ってきて!」

 190センチの長身から投げおろされるストレートが、あっという間に捕手の水上桂(明石商)のミットに吸い込まれる。水上は、「イッテー! まじで痛い!」と嬉しそうに悲鳴をあげた。

「あぶねー! 親指取れるかと思った」

「指が腫れて太くなってる」

「ちょっと親指休憩していいすかー?」

 もれ聞こえてくる水上の独り言からも、佐々木の球の威力が伝わってくる。

 水上がベンチに呼ばれて一時ブルペンを離れると、投手の西純矢(創志学園)が、「1割(の力)で! 1割で!」と恐る恐る佐々木の相手を務めたが、この時も、「まじで速い」「グローブ壊れる!」「ちょ水上、早く帰ってきて!」と悲鳴が聞こえた。

 そんなことはお構いなしに、佐々木はあり余っていたエネルギーを発散するかのように、投げ続けた。試合後は、まだ「7割ぐらいの力」と振り返った。

 今回のU-18日本代表で佐々木とともにダブルエースと言われた奥川恭伸(星稜)は、自分なりのこだわりがあり、そのこだわりに沿って、捕手への要求もする。

 小学4年から奥川とバッテリーを組んできた捕手で、今回のU-18にも選出された山瀬慎之助(星稜)は、奥川とバッテリーを組むときだけ左膝をついて構える。それは奥川の要望によるものだ。春に行われたU-18の合宿では、智弁和歌山の捕手、東妻純平も同じように、片膝をついてほしいと要望されたと言う。

佐々木が捕手に要求することはほぼない。

 一方、佐々木は、代表活動中に自分から捕手に何かを要求することはほとんどなかった。それでも、こだわりを持っている様子は感じられたと山瀬は言う。

「自分の中にいろんなこだわりや、しっかり自分のペースがあって、あとどれぐらい何をしたら自分のベストに持っていけるか、というものは、しっかり持っているなと感じました」

 佐々木は、壮行試合でまめを作って以降、医師や理学療法士の診断を受けながら、着々とベストな状態に近づけていた。

奥川の球数が105球にせまり……。

 そのペースが狂ったと思われるのが、5日のカナダ戦だ。

 その日は奥川が先発し、本塁打による1失点のみに抑える好投を見せていた。しかし大会の規定で、投手の1試合の最多投球数は105球。105球に達すると、次の登板まで中4日を空けなければならないため、奥川は104球以内で交代すると決まっていた。

 2−1という僅差の試合の中、奥川の球数が104球に達したら登板すると伝えられ、佐々木は慌てて肩を作った。

 104球まであと何球、とカウントダウンされる中、急激に体と気持ちを高めた。その時ブルペンで投げた球数を、佐々木は覚えていないと言った。

「急いで作ったので、初めて。覚えていないです」

 捕手の水上の記憶では50球ほどだったという。

 結局、奥川は7回表を13球で抑えてトータル103球に収め、その裏に日本が3点を追加したため、8回表は飯塚脩人(習志野)がマウンドに上がり、佐々木のその日の登板はなくなった。

大一番を前に、生じた指の異変。

 その試合後、永田裕治監督が翌日の韓国戦の先発登板を打診すると、佐々木は「絶対いけます」と答えたという。

 しかし韓国戦の試合前のブルペンで、佐々木の球は走っていなかった。日本高校野球連盟の竹中雅彦事務局長は、韓国戦の後、佐々木の状態についてこう説明した。

「今日の(試合前の)ブルペンで投げている時から、ちょっと違和感があったようです。中指のまめが、治っていたところが再発した。昨日ああいうゲームだったので、ブルペンで何度も作って、いつでもいける状況にしましたが、作る球数が多かったようです」

 しかし佐々木は表情には何も出さず、黙々と準備をして韓国戦の1回のマウンドに上がった。

 先頭打者を153キロのストレートでショートゴロに打ち取る。

 次打者には150キロ台のボールを続けたが、コントロールがままならず、ストレートの四球。

 捕手の水上は、「カナダ戦の日のブルペンでは、指にかかったいいストレートだったけど、韓国戦はちょっとシュート気味のストレートだった」と振り返る。

 それでも3番打者をレフトフライに打ち取り、2アウトとなった。

佐々木が珍しくした自己主張。

 しかし水上は、ボールに血がついていることに気づいていた。それをベンチに知らせると、永田監督がマウンドに向かった。

「あと1人、投げさせてください」

 佐々木はそう訴えた。

「とにかく、自分が作ったピンチだったので、初回だけは抑えたいなと思って、言いました」と試合後、振り返った。

 永田監督は佐々木を続投させた。

「なかなか自己主張をしないですからね。その彼が、自己主張してきましたので」

 韓国の4番、張裁榮に対し、佐々木はフルカウントから空振り三振を奪い、マウンドを降りた。2回からは、外野手として先発出場していた西がマウンドに上がった。

 急遽の登板となった西が踏ん張って0点でつなぎ、日本は7回表に熊田任洋(東邦)、水上の適時打で2−0とリードしたが、8回に守備にミスが出て同点とされ、タイブレークの延長戦へ。10回表に武岡龍世(八戸学院光星)の2点適時打で4−2と再びリードするが、その裏、またも守備の乱れからピンチを広げ、4−5でサヨナラ負けを喫した。

日本ハムスカウトの評価は不変。

「負けてしまって残念です」

 試合後の佐々木は淡々と話したが、表情には無念さがにじんだ。

 指先のまめによる2度の降板は周囲の評価に影響することも考えられるが、今年のドラフトでの1位指名を表明している北海道日本ハムの大渕隆スカウト部長は、変わらぬ期待を口にした。

「彼にはまだまだ伸びしろがいっぱいある。スピードを持っているし、しなやかさも持っている。コントロールも、指先の感覚も……、そういう大事な感性を持っている。今回のように指先がめくれてしまうというのはあるかもしれないけど、それはあとから補強できる。でも指先の感覚や制球力というものは、薬ではどうにもならないですからね」

 7月の岩手県大会では甲子園出場がかかった決勝で登板できず、今回のワールドカップも、わずか1イニング19球の登板に終わった。

 しかし佐々木の野球人生は続く。高校生としてぶつけきれなかったエネルギーを、プロの世界で存分に発散してほしい。

文=米虫紀子

photograph by AFLO


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