遅咲きの不器用なセッター佐藤美弥。初のW杯……1人で背負わなくていい。

遅咲きの不器用なセッター佐藤美弥。初のW杯……1人で背負わなくていい。

 19−24。韓国にマッチポイントを取られてからの、怒濤の追い上げは見事だった。

 石川真佑のサーブからラリーにつなげ、石井優希が強打、軟打を織り交ぜ得点し、日本は一挙6得点を挙げ、25−24。セットカウント1−2、しかも相手のマッチポイントからの大逆転劇を期待する観客の悲鳴に近い声援が後押しする中、再び繰り返されるラリー。

 セッターの佐藤美弥は、石井にトスを託した。

 だが、やや短く、ネットに近くなったトスは打つコースが限られ、石井が放ったスパイクはほぼ正面にいたセッターのイ・ダヨンに止められた。トスの質だけでなく、その前からレフト、レフトと攻撃が偏っていたため、ミドルブロッカーのヤン・ヒョジンもあらかじめレフト側に寄っていたこともブロック失点を喫した理由の1つだった。

 ならば、と佐藤が次に選択したのはミドルブロッカーの芥川愛加へのAクイック。しかし待ち構えていたヤンがブロック。石井がフォローしたボールを、新鍋理沙が何とかつないで返すも、韓国はリベロがレシーブ。チャンスボールからの攻撃をイ・ジェヨンが決め、最後はセッターのイのサービスエースでこのセット25−27で落とし、日本は1−3で敗れた。

敗戦の責任を背負う佐藤。

 大会3日目で2敗を喫した現実に、ミックスゾーンを通る選手たちの足取りも重い。

「序盤、中盤に(キム)ヨンギョンにブロックされてから、ヨンギョンの前からの攻撃は避けようと思ってしまって、すごく偏っていたし、私自身ストレスも感じながら、攻撃の幅も狭くなってしまいました。エースに集まる中でもあえて1本外すとか、使い方、という面で課題が多かった。最後(芥川のクイック)は自分の選択ミスでした」

 佐藤は、その責任を一身に背負っていた。

「美弥さんのトスは、すごく優しい」

 中田久美監督が就任後、3シーズン目。なかなかセッターが固定されずにいたが、大方の予想は、きっと佐藤が正セッターになるだろうという見解だった。

 もちろんそう思わせる理由がある。セッターとしての基本要素はさることながら、何より、共にコートへ入ってトスを打つアタッカー陣から寄せられる信頼は絶大で、多くの選手が「打ちやすい」と声を揃え、古賀紗理那はセッター佐藤をこう評する。

「美弥さんはどんな状況でもアタッカーを見捨てないんです。たとえば1本決まらなくてももう1本持ってきてくれるし、私が万全な状態で入れず、攻撃が決まらなかったとしても『ごめん、今は私が間をつくれなかった』と矢印が自分に向く。こうしたいからこう入って、というセッターではなく、私はこう打ちたいからここに入る、そうするとトスが来る。美弥さんのトスは、すごく優しいんです」

中田監督の評価は高いが……。

 だが、佐藤は焦っていた。

'17年のワールドグランドチャンピオンズカップでは冨永こよみが正セッター、翌年の'18年はアジア選手権では佐藤がメインで上げるも、直前の練習時にブロックで肩を負傷し、世界選手権の正セッターは田代佳奈美。今年度もVリーグでルーキーシーズンながら活躍した関菜々巳を招集。

 中田監督も「トスの質や組み立て、ゲームメイクの面で優れているのは佐藤」と高く評価していたが、「海外勢を相手にどうなるか、試してみたい」とスタート直後の欧州遠征、ネーションズリーグ序盤までは関をメインで起用した。

 結果を残すことで証明したい。だが、なかなかそのチャンスが巡ってこない。

「みんないい選手だし、いいところばかり目が行くんです。そのたび、自分ももっとこうしなきゃ、と比較してしまう。なかなか気持ちが切り替えられませんでした。対戦するのは仲間じゃなく、相手チームなんだ、と自分に言い聞かせていたんですけど、でもそんなことを心がけて、周りを意識していた時点で、意識しすぎていたんだと思います。どうしても残りたい、今度は絶対外れたくない、という思いがものすごく強くありました」

不器用で、運動能力も高くない。

 もともと器用なセッターではない。

 そもそも運動能力が高いわけではなく、長距離走も短距離走も常に下位。「小学生の頃からやっていたから得意」と本人が言っていたにも関わらず、ローラーブレードを履けば、チームメイト曰く「生まれ立ての小鹿のように脚がヨロヨロで、立つこともできないから壁から手を離せない」。

 小学6年からとセッター歴は長いが、秋田・聖霊女子短大付高ではチームメイトに江畑幸子がいて、どんなボールでもレフトに上げれば大エースの江畑が決めてくれた。トスワークなど考える機会もなかった不器用なセッターが、日本代表のセッターへと成長を遂げるベースになったのは、日立で日本代表のセッターを務めた松田明彦・元監督から叩き込まれた基本だ。

 どのタイミングでどの攻撃を使い、いかに“間”をつくるか。トスの上げ方、上げる場所やタイミング、細かなことから徹底指導を受け、試合中も選択を間違えればベンチの松田から「違う!」と声が飛んだ。

 加えて、同時期に元アメリカ代表のミドルブロッカー、ローレン・パオリーニとプレーしたことも追い風となり、ミドルを使うのは不安ではなく、楽しさであると気づく。以後、ミドルとサイド、様々な攻撃を絡めるゲームメイクを展開し、少しずつ結果もついてきた。

無念のリオ五輪落選。

 だが、2016年のリオデジャネイロ五輪を前に佐藤は代表メンバーから落選した。

 パスが返った状態からのコンビはピカイチとはいえ、パスが乱され、セッターが走らされた状況からのセットアップ時はトスの精度が落ちる。ボールの下に入るのがやっと、という状況からトスを上げるため、どこに上げようか、と選択する余裕もなく、必然的にレフトやライト、アウトサイドの選手にトスが偏る。

 サーブの精度や強度が上がり、パスを正確にセッターへ返すことが困難である昨今、佐藤の強みを活かすことはできず、落選という結果につながった。

1人で背負うことなどない。

 あれから3年。

 一度は諦めかけていた五輪への挑戦を再び決意し、初めてワールドカップ出場を果たす。その過程には、肩の痛みを抱えながらもパス力の強化に励み、精度を上げるべくコンビ練習を何度も繰り返した日々がある。

 だが、それだけ努力をしてようやくつかんだとはいえ、世界との戦いは甘くない。

 敗れたロシア戦、韓国戦では、1試合目のドミニカ共和国戦で見せた日本の攻撃を封じるべく、サーブターゲットを明確にし、チャンスボールの返球位置で攻撃枚数を減らされ、選択肢がなくなった日本は、相手に多くのブロックポイントを献上した。

 その責任は決してセッターだけではない、と石井は言う。

「美弥さんのトスにはリズムがあるので、サイドのトスは打ちやすいです。でもレフトに偏りがある分、相手もブロックについているので、(コートの)外から見ている時はもうちょっとミドルが使えるかな、と思う場面がありました。

 だけど自分が実際に入ると、やっぱり『サイドに託してほしい』という思いもありますし、シャットされた場面も、自分がもう少し余裕を持てばリバウンドを取って切り返すこともできた。セッターだけでなく、スパイカーの責任もあったと思います」

 負ければセッターのせいで、勝てばアタッカーのおかげ。幼い頃からそう教え込まれてきたせいか、負けが先行する今、佐藤が「自分の責任」と背負うのは無理もない。

 だが、まだ試合は続く。

 今は悔やんでいいし、失敗だってすればいい。敗れる悔しさも、ボールを上げることすらできない痛みも乗り越えて、遅咲きの、不器用なセッターがようやくつかんだチャンスなのだから。

 1人で背負うことなどない。勝負はまだまだ、これからだ。

文=田中夕子

photograph by Itaru Chiba


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