敵地でいじられ、死球でもなごむ。日本ハム杉谷拳士が愛される理由。

敵地でいじられ、死球でもなごむ。日本ハム杉谷拳士が愛される理由。

 緑の芝生へと水しぶきを上げながら、そして立て続けにホームベース上のブルーシートへとヘッドスライディングを連発して、飛び込んでいった。

 多くのチームメートが、ベンチなどから雨宿りしながら見つめ、爆笑をしていた。

 9月16日、旭川スタルヒン球場での微笑ましい一コマである。快勝した試合後、今シーズン限りで引退する田中賢介選手が球場内を1周して、ファンの声援に応えた。その感動のセレモニーを終えた時だった。

 田中賢選手の背番号「3」のユニホームが、またグラウンドへと姿を現したのだ。一気に沸く。ただ雨天なのに、サングラスをしている。田中賢選手のシンボルカラーのピンクのリストバンドを装着している。背格好も、相似。違和感があった方々も多かっただろうが、スタンドからの目視では田中賢選手本人だと認識していた方々が大半だろう。

 もうタネ明かしも済んでいるので、ご存じだろう。田中賢選手に扮して、パフォーマンスを披露したのが、杉谷拳士選手である。最後の最後に、主役の座をかっさらっていった。ずぶ濡れで戻ってくると、愛情たっぷりの「罵声」をチームメートから浴びせられていた。杉谷選手、お決まりの儀式である。

 ファイターズでは唯一無二の存在感で「杉谷拳士」という定位置を、確立している。

敵地でも死球でもいじられる。

 敵地メットライフドームでの試合前の打撃練習中、埼玉西武ライオンズからの爆笑アナウンスも風物詩となっている。恒例となって期待している場内は盛り上がり、張り詰めた空気が緩む。

 先発出場しない場合、ライオンズ戦は杉谷選手の打撃練習の順番が最後になっているケースが多い。他選手へ配慮もし、目いっぱいそのシーンを杉谷選手、ライオンズのアナウンサー、そして観客の方々に楽しんでもらうための特別なオペレーション。コーチ陣の「忖度」だろう。栗山監督は練習をチェックしている時は、表情を崩すことが少ない。それでもこらえきれず、口元を手で押さえているシーンもよく目にする。

 死球を受けた際のややオーバーなアピールも、同じである。自軍のベンチは心配するよりも、笑いが起き、沸いている。相手チームのベンチから見つめている面々の何人かは苦笑し、杉谷選手と親しい間柄の選手からはヤジも飛ばされている。もちろん心無いものではなく、ほっこりとするような内容だそうだ。他球団からも、特異な才、キャラクターを認知されているのである。

オフはテレビに引っ張りだこ。

 価値観は、個々で異なる。それぞれの感性、視点、思考によっては、それらパフォーマンスを含めて、良くは思わない人たちも存在はするだろう。野球に携わる方々と、杉谷選手に関して意見交換をすることもあるが「肯定」だけではなく「否定」も、事実ある。圧倒的なレギュラーでもないのに本筋のプレー以外で……、などが「否定」の方々が語る時の枕詞になることが多い。

 ただ反面、多数決をとれば「肯定」の割合が勝るのも、また喜ばしい事実でもある。

 プロ11年目。一時的には経験があるが、シーズンを通しては1度もレギュラーに定着したことはない。杉谷選手には失礼ではあるが、それでも他球団の同格の選手よりも全国的な知名度は高いだろう。オフには在京キー局も含め、テレビ番組出演のオファーが多数ある。そこでもウィットに富んだトークも含めたハイパフォーマンスで、自身の存在価値を高めてきた。

 なぜ支持されるのか――。その根源は、バックボーンにあると考える。

目に留まった全力プレー。

 初めて、その姿を目にしたのは11年前の秋だった。

 日本一に輝いた2006年、そして2007年とパ・リーグを連覇していた。その翌年の2008年、北海道日本ハムファイターズとして軌道に乗り始めている時だった。

 ファイターズ鎌ケ谷スタジアムで行われていた入団テストに、杉谷選手は参加していた。名門の帝京高校の絶対的な主力で、甲子園でも活躍していた。高校野球界では、名の通った球児ではあった。当時、私は前職のスポーツ紙の記者として、入団テストをチェックしていた。小さな体で、全力プレーでアピールしていた。そこは、印象的だった。

 ちなみに、そのテストで目に留まったもう1人が、現在は中日ドラゴンズに在籍している谷元圭介投手だった。実戦形式で、即戦力投手として「隠し玉」となりそうな抜群のパフォーマンスを見せていた。ただ、杉谷選手はそれほど目立っていなかったと、記憶をしている。

 体のサイズも小さく、非力さは否めなかった。

取り組む姿勢、練習量は秀でていた。

 入団テストを視察していたメンバーも、プロで通用するという一致した評価ではなかったと後日、聞いた。ただ潜在能力を認め、伸びしろに期待する推薦者もいたことで、同年ドラフト6位で指名された。谷元投手よりも指名順は、1つ上だった。プロで成功しようという意思の強さも、指名を決断する1つの要素になったということも、ドラフト後に知った。

 入団時から際立っていたのは能力ではなく、愚直さだった。時折、ファームを取材に訪れると、高卒で同期入団の中島卓也選手と黙々と練習していたシーンを思い出す。失礼かもしれないが、ともに入団時は突出した存在ではなかった。ただ野球への取り組みのクオリティー、そして練習量は、歴代の高卒ルーキーの中でも秀でていた。

 グラウンド、室内練習場で黙々と個人練習を積んでいるシーンは、今も鮮明に覚えている。

 ファームのコーチ陣からも「中島と杉谷は、いつか一軍の戦力として出てくるかもしれない」というような声も日増しに、聞かれるようになっていった。そして、ともに台頭した。今シーズン、高いステージで戦ってきたプロ野球選手の証し、国内フリーエージェント権を取得するまでに上り詰めたのである。

 そんなプロ入りからの道のりを今も大切にし、その時の気持ちを維持しているからこそ、今の杉谷選手が、「杉谷拳士」という定位置があるのだろう。そう思う。

スペアがいない杉谷拳士。

 なぜ、支持されるのか――。

 万事に全力を注ぎ、一生懸命だからである。

 プレーでも、ファンを含めて人を楽しませようとするパフォーマンス。活躍をすれば、はしゃぎ、致命的なミスをして極度に落ち込んでいる場面を、目にしたこともある。パフォーマンスでも稀に、スベッてしまって下を向いていたこともある。

 突き抜けた明るさ、笑いを運ぶサービス精神のあふれた言動の裏には、全力と一生懸命が同居している。

 スペアがいない「杉谷拳士」という定位置を築いた土台である。

文=高山通史

photograph by Kyodo News


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