名レフェリーが同期と試合を。梅木よしのり、25年目の“デビュー戦”。

名レフェリーが同期と試合を。梅木よしのり、25年目の“デビュー戦”。

 格闘技ファンなら、梅木よしのりの姿を一度は見たことがあるだろう。

 パンクラス所属のレフェリーでありK-1、Fighting NEXUSと合わせ3団体の審判部長。またアジア各国でイベントを開催するONE Championshipでも試合を裁く。全国のローカル大会も含め、毎週何かしらの格闘技大会に審判員として携わっているという。日本を代表する格闘技レフェリーと言っていいだろう。

 梅木はごくごく稀に、選手として試合をすることもある。2004年にグラップリングマッチ、2007年にはロープエスケープありの“UWF系”ルールでZSTのリングに上がった。今年5月には、主催者に誘われて柔術の大会『パンクラスカップ』に出場。そして9月21日は『ハードヒット』(新木場1st RING)のグラップリングマッチで伊藤崇文と対戦することになっている。

「やっぱり、もともと選手になりたかった人間ですから。久しぶりに『パンクラスカップ』で試合をして、また機会があればなと思ってたんです。そんな時に『ハードヒット』の話をもらって」

パンクラスの新弟子からレフェリーに。

 パンクラスの古参ファンにはよく知られた話だが、梅木はかつてこの団体の練習生だった。1993年に旗揚げしたパンクラスの、第1回入門テスト合格者なのである。高校3年の夏休みにテストを受け、翌年の春に入門した。同期は、のちにトップ選手となる近藤有己、渋谷修身、そして伊藤だった。伊藤とは部屋も一緒だったそうだ。

 船木誠勝、鈴木みのるが中心となって作られたパンクラスは、UWFの流れをくんで“21世紀のプロレス”を標榜していた。梅木たちももともとプロレスファンだったし、入門するとプロレス団体の新弟子としての生活を送った。道場の掃除をし、練習し、先輩に揉まれ、ちゃんこを作って食べる。そういう生活だ。同期の絆は、自然に強くなった。

 梅木が選手ではなくレフェリーになったのは、スパーリング中に倒れたことが原因だった。脳内出血。開頭手術は免れたが、激しい打撃のあるパンクラスの試合は無理だと判断された。そこで団体が提案したいくつかの進路の中から、梅木が選んだのがレフェリーだった。「違う形であれリングに上がりたかった」と梅木は言う。結果、彼はパンクラスの生え抜きレフェリー第1号となった。

 レフェリー修行も、やはりパンクラスの道場で行なうことになった。

「新人の指導を担当していた鈴木さんに、もう一回合宿所に戻れと言われまして。道場で選手のスパーリングをレフェリングするんです。時々、鈴木さんが選手に耳打ちをすることがありました。こっそり反則をさせるんですよ。それを僕が見抜くための練習で」

相部屋だった伊藤崇文との対戦、その心境は。

 伊藤はデビューすると先輩超えを果たし新人トーナメントに優勝。近藤はその伊藤にデビュー戦で勝ち、5戦目で鈴木を下し大ニュースとなった。同期の活躍を横目で見ていた梅木の心境は、しかし決してネガティブなものではなかったという。

「素直に嬉しかったですよ。ジェラシーとか変な感情はまったくなかった。みんな仲が良かった、というか今でも仲がいいので」

 レフェリーになって20年以上。正直、伊藤と試合で対戦するなんて想像もしていなかった。

「新弟子時代も“いつか闘おうぜ”と誓い合うような熱い会話はしなかったですね。関西人の伊藤とはバカ話ばっかりしていた。まして伊藤は、スパーをすると同期の中で一番強かったですから。僕がレフェリーになったこともあって“闘う相手”と認識したことがないんですよ」

 今回の対戦は、降ってわいたような話だった。だから余計に「これを逃したらもうこんな機会はない」と考えたそうだ。『ハードヒット』は、パンクラスから鈴木を追って“純プロレス”に進出した佐藤光留が主宰している。掌底、ロープエスケープありの“U系”プロレスイベントだ。

 蛍光灯で殴り合うプロレスがあるなら、格闘技の技だけを使うプロレスがあってもいい、というのが佐藤の主張だ。佐藤の人脈で、往年の名格闘家が参戦することもあれば(佐藤の現在の主戦場である)全日本プロレスの選手が出てくることも。

『ハードヒット』ならではのマッチメイク。

“パンクラスのプロレスラー”である佐藤らしいのが、年に1回グラップリング(打撃なし)の大会を開催することだ。そこで実現することになったのが、梅木と伊藤の一戦。後輩として2人の歴史を知る佐藤ならではのマッチメイクだった。この独自のイベントでなければ、ベテラン選手対レフェリーのグラップリングマッチが組まれることはなかっただろう。

 試合が決まり、インストラクター業だけでなく自分の練習も徐々に始めたという梅木。自信などなく「とにかく頑張るだけ」と言う。ただ20年以上のキャリアで培った、レフェリーとしてのプライドはある。

 選手だけでなく、レフェリーもまた格闘技界の最前線を生きている。技術、戦略、採点基準のトレンドを掴んでいなければ試合を預かることはできない。梅木はMMAを「3年で選手の動きが別物になってくる」世界だと表現した。

「それに追いついていないといけないですから、レフェリーは。選手に“僕が攻めていたのが分からなかったんですか?”と言われるわけにはいかない。月に一回のペースで、レフェリー10数人が集まってミーティングをしてます。担当している団体だけでなく、海外の試合映像も見て研究しますね。そういう経験が試合でも役立つかは分からないですけど、少なくとも経験していないよりはプラスかなと。20何年、ずっと格闘技について考えてきたのは確かなので」

「25年ずっと頑張り続けて、結果、今こうなってます」

 リングに上がってどんな気持ちになるのか「今はまるで想像できないです」と梅木。

「本当に不思議な感じなんですよ。今の自分はあくまでレフェリー。練習生だったことは“思い出”なので。ただ当時は、渋谷や伊藤が先にデビューする中で“自分もその輪にいずれ入るんだろう”と思って練習してたんです。それが25年後になってやってきた感じがしますね。これがデビュー戦なんですかね、僕の(笑)」

 ここ数年の伊藤はパンクラスの第一線から離れ、ZERO1など様々なプロレス団体で試合をしている。現状、2人とも“純粋な格闘家”ではないわけだ。ただ梅木にしても伊藤にしても、業界に携わり続けたから今こうして試合が組まれた。それは間違いない。

「運動をする人間としてのピークは、お互い過ぎてるんですけど。でも“オッサンなのに頑張ってますよ”ではない何か、この試合が組まれた意味みたいなものを感じてもらえたらいいですね。“25年ずっと頑張り続けて、結果、今こうなってます”と。翌日はまたレフェリーの仕事がありますし」

 9.21ハードヒットではマモル、和田拓也、ロッキー川村といった元パンクラス王者に加え全日本プロレスの諏訪魔、デスマッチファイターとして抜群の人気を誇る木高イサミが出場する「エキシビション・タッグ・ランブル」も組まれている。柔術王者・関根シュレック秀樹の試合もある。その中で44歳の梅木と47歳の伊藤は、彼らにしかできない試合を見せてくれるはずだ。

文=橋本宗洋

photograph by PANCRASE


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