だんじり祭りよ、どうかそのままで。反時代的だからこそ守れるものを。

だんじり祭りよ、どうかそのままで。反時代的だからこそ守れるものを。

 お盆が過ぎて9月が近づくと岸和田の町には祭り囃子が響く。夕刻、どこからともなく聞こえてくる太鼓とともに、道沿いの提灯に火が入り、町の色が劇的に変わる。

 そして酒場はかなり夜も更けてから混み始めるようになる。

 大阪の南、泉州で300年以上の歴史を持つ岸和田だんじり祭り。9月半ばの宵宮と本宮に向けて曳行を許された各22町で、祭礼団体の男たちが毎晩「寄り合い」を始め、その二次会へと流れるからだ。

 この時期、それぞれの店で枝豆や冷奴などのつまみとともに供されるのが、怒声である。

「おう、タケシ! お前、誰に口聞いてんねん! ちょ、来いや!」

 祭りまであと数日となったこの日、ある漁師町の居酒屋は、その町の祭礼団体の男たちで埋まっていた。その席で入口付近に座っていたタケシ(仮名)がカウンターの真ん中にいる男に怒鳴られていた。

上下関係を上下関係でかき混ぜる。

「いえ……、ケンタロウくんの言い方が先輩に対してどうなんかなあ、思ったんで……」

「あ? なんでお前にそんなこと言われなあかんねん。おうタケシ! お前、なめてんか? 酔うてんか? どっちや?」

 どうやら、タケシは、2つ上のケンタロウ(仮名)が、先ほど後輩の分まで金を置いて店を出て行った年長者に対して「いつまでも腹引っこまんねえ」と軽口をたたいたことに対して、「ケンタロウくん、その言い方はどうなん?」と咎めた。それによって今、カウンターの前で直立する羽目になっているようだ。

「おう! タケシ、どっちなんや!」

「いえ、なめてませんけど……。先輩に対してどうなんかな思うただけで……」

 上下関係についての議論を上下関係でかき混ぜるという複雑な問答が続く中、カウンターの反対側からもう1人、加わった。

「おう、どないしたん? なんや、タケシ、お前、ケンタロウに何か失礼なこと言うたんか? お前、酔うてんか? おい! いつも言うてるやろ……」

 彼はマサタカという番長格の男で、ケンタロウとは同級生、タケシとは幼なじみの先輩後輩という間柄だという。

 こうなると3つの上下関係が絡み合って、もうどうにもならない。

パワハラ、という概念はない。

 最終的に、タケシはカウンターの真ん中でケンタロウに頭を下げ、反対側でマサタカに頭をペシペシと叩かれながら、

「俺、お前のこと可愛がってきたやろ。そんで、いつも言うてるやろ。酔うて失礼なことしたらあかんて。いえ、酔うてませんよ。そんならマサタカくん、ここ、隣に座らせして飲ましてくださいよ。あかん! お前は向こうに座っとけ! なんであかんの?」

 というやり取りを延々と繰り返して、騒動を軟着陸させていった。

 こうして杯がすすみ、夜が深まる。日付がまた1日、祭りへと近づいていく。

 東京から来た筆者にとって、こうした光景は一瞬、「あ、まずいよ、これパワワラじゃない?」との思いがよぎってしまうのだが、この土地にいると不思議とそんな心配も霧散していく。

 なぜなら、この絶対的な年功序列がだんじり祭りの屋台骨であるからだ。

中学を卒業すると、下積みが始まる。

 だんじり祭りでは、各町の祭礼組織は以下のように構成されている。(町によって名称や年齢枠は異なる場合もある)

・青年団……16歳から25歳くらいまで。だんじりの前に伸びる綱を曳く役割を担う。
・拾伍人組……25歳から35歳くらいまで。だんじり後方の梃子を操り、舵をとる。
・若頭……35歳から50歳くらいまで。各町の曳行運営を取り仕切る。
・世話人……50歳から。他町との交渉や、曳行責任者の選出など。町全体のまとめ役。

 まず中学を卒業した男は16歳で青年団に入る。「新団」と呼ばれる彼らは、居並ぶ先輩たちの前で大声で自らの名前を叫び、挨拶代わりに酒を飲み(さすがに今は慎んでいるようだが、かつては当たり前だったようだ)、芸で笑わせる。

 まずは、おもろい奴というのが序列の尺度になるのだが、どうしても、おもろいことができない奴は最終的に「ジャングル・ファイヤー」と呼ばれる芸をすることになる。

 その名から連想できると思うが、つまりはあそこの毛を燃やすのだ。

 そして、寄り合い中はずっと生ビール・サーバーの横で待機して、ひたすら先輩たちの酒を注ぎ続ける。

 祭りの日になれば、最大8トンにもなる、だんじりを走らせる原動力としてぶっとい綱を曳き、手の平と足の裏の皮をボロボロにしながら、追い役といわれる先輩たちから牛馬のごとく、団扇で背中をバシバシと叩かれながら、へとへとになるまで疾走する。

41歳、若頭の中では“ガキ”扱い。

 そうやって青年団の中でやっと最年長になったかと思ったら、25歳からはだんじりの後方で、方向転換をつかさどる、「拾伍人組」となる。

 また、サーバー係から再出発である。

 タケシは41歳。青年団、拾伍人組を経て、5年ほど前に祭りの運営をする「若頭」の一員になったばかり。だんじりの華といわれ、屋根で華麗に舞う大工方でもあるのだが、この若頭という組織の中では“ガキ”なのだ。

 頭をペシペシとされた翌朝、タケシはケンタロウと、マサタカに電話をかけてきたという。

 昨日、スンマセンでした! 僕、何か失礼なこと言ってました?

 やっぱり酔うてたんやんけ! 

 そんな突っ込みとともに、彼は二日酔いの頭にもう一度、説教を浴びたのである。

「ああ、あれ? いつものことや。あいつ、何回もああやって怒られてんねん」

 ケンタロウは笑っていた。

 ひっくりかえることも、並列になることさえない絶対的な年功序列のピラミッドである。

年功序列が安全装置になる。

 祭りの見せ場は狭い路地の角にあるといわれる。猛スピードで走らせた曲がらない構造のだんじりを、人力で曲げる「やりまわし」である。

 一瞬の躊躇で死者が出るという危険な疾走の中、有無を言わせぬ年功序列が安全装置になる。責任者の判断に間髪入れずに従う統制が必要不可欠だからだ。先輩、それおかしいんじゃないですか? と異議を唱えている暇などない。

 もし事故があれば、責任者が道路交通法違反で書類送検される。他町と揉めれば、年長のおっかない先輩が矢面に立つ。そこに先輩の役割がある。だから理不尽な上下関係が屋台骨であるというわけだ。

 各町、各団体では年代ごとにサル山のボスを決めるがごとく、マウントの取り合いが繰り返され、声のでかい者が勝ち、なめられた者は負ける。だから、おっかない人はいつまでもおっかないし、とんがった人の角はいつもまでも丸くなることがない。学校の先生の言うことは聞かない札つきも、祭りの先輩の言うことは聞く。

社会の理屈ではなく、祭り男の理屈。

 筆者が入った漁師町の若頭では、50を前にした会社経営者が、先輩に怒鳴られる。

「お前がどんなに偉なっても、どんだけ稼いでもな、ここでは俺が1コ上や! ややこしい奴はいつまでもややこしいで!」

 幼い頃の人間関係、中学時代の上下がずっと続いているようなものだ。

 煩わしい。そう思う人もいるだろう。だから、この町を出て行く人も多い。ただ、地縁の煩わしさから逃れ、都会に出て自由を手にした人たちが、40代や50代になって孤独を抱えている時、祭り男たちは相変わらず、怒鳴り合い、笑い合い、永遠の同窓会をしている。

 だんじりを走らせるためなら、ガードレールも外すし、信号の高さだって変える。警察の立ち入りを許さず、このご時世にスポンサーもつけず、警備もカネ集めも自前でやる。

 携帯電話で共有できることだって、わざわざ顔を突き合わせて話し、やらなくたっていい喧嘩をする。渋沢栄一も、スティーブ・ジョブズも関係ない。社会の理屈ではなく、この町の、祭り男たちの理屈で生きている。

「祭りがあるからこの町は発展せえへん」

 さすがに少子化に合わせて、未来の祭りの担い手である少年団の育成に力を入れているし、温暖化に合わせて熱中症対策はしているが、相変わらず高校生以上は女人禁制だし、高校野球で登板過多が問題となる中、青年団はぶっ倒れるまで綱を曳いている。

 根本的な価値観を300年前から変えることなく、令和元年を迎えている。

「祭りがあるからこの町は発展せえへん。新しいことをやろうとしても、また元に戻すし。議論にならへん。でもな、都会にいった奴らが絶対に味わえんもんを俺等は味わってるで」

 企業では、管理職が新人へのパワハラ問題に戦々恐々としながら、強面を必死に柔らかくしているというのに、それに比べれば祭りを取り巻く人間模様は明らかに反時代的だ。

 少なくとも筆者が接した人たちからは、時代の流れとか、今時の若者の価値観とか、そういうものに合わせようという空気を感じたことはない。

「だって誰かに見せるためにやってんちゃうし、おいらはおいらのために祭りやってんやし」

 だからこそ祭りであるのだろうと思う。

2年間の「潜入取材」の最初の日。

 潜入取材(その範疇であったかはもうほとんどわからない)と称して2年間、漁師町で若頭の法被を着た。

 皆様、見ず知らずの東京モンを迎え入れてくださってありがとうございました――。

 令和元年の祭りが終わった夜、そう別れの挨拶をすると怒号が飛んだ。

「アホかあ! 逃がすかい!」

 無言で突き出されたジョッキを「ソーリャア! ソーリャア!」の掛け声の中で必死で喉に流し込んでいる最中、初めてここに来た日のことを思い出した。

 ライター? なんや、それ? えらいんけ? そんでお前、いくつやねん?

 あ、はい、41です。

 そうかあ。俺は42や。

 そうなんですか……。

 ええか、お前がどんだけえらいんか知らんけどよ。社長かなんか知らんけどよ。俺は永久にお前の1コ上や! お前が60なったら61や。覚えとけ! ワハハハッ!

どうかそのままで。たとえ滅びようとも。

 皆さん、この社会で、昭和の体育会は消えつつあります。猛烈型の会社も滅びつつあります。

 このままでは祭りも消滅する日がくるのではないかと心配です。

 でも……、矛盾するようですが、誤解を怖れずに言います。

 皆さん、どうかそのままでいてください。後輩のタメ口を許さない、おっかないおっちゃんのままでいてください。だんじり男のままでいてください。祭りをみんな仲良しのお祭り騒ぎなんかにせず、本物の祭りのままにしておいてください。

 でなければ。すべてのものが丸く、平らにならされ、あらゆるものが平熱になってしまったら、過剰なものにしか惹かれない、この刺激ジャンキーの、しがない物書きは一体どこに物語を見出したらいいのでしょうか。

 どうかそのままで。たとえ滅びようとも。

文=鈴木忠平

photograph by Takashi Shimizu


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