キルギス戦までに見えた、森保一のノーマルフットボールとリアリズム。

キルギス戦までに見えた、森保一のノーマルフットボールとリアリズム。

 日本代表監督・森保一は極めて謙虚な人間である。発する言葉も常にすべてに対する配慮が行き届き、メディアにも突っ込む余地を与えない。理にかなってはいるが、イビチャ・オシムのように言葉に強い力があるわけではない。それが彼に地味なイメージを与えている。

 だが、ピッチの上で彼が実践しているサッカーは、決して謙虚でも地味でもない。むしろ人間・森保一とは真逆の大胆でアグレッシブな彼の思考を具現化しているのだが、森保自身の言葉だと謙虚さと配慮のフィルターがかかってしまい、とても正確には伝わっていないのが現状である。

 では森保のサッカーの特徴はどこにあるのか。

 ひとつは筆者が「ノーマルフットボール」と名づけた、トップレベルのサッカー基準の平準化であり、もうひとつが「徹底したリアリズム」である。前者に関しては説明を要するが、イデアリズムとリアリズム――相反するふたつの要素が矛盾なく並び立っているところに、人間・森保一ではない監督・森保一の凄みがある。

 まず、ノーマルフットボールとは何を意味するのか。

何の要素も強調しない森保サッカーの真髄。

 モダンサッカーの起源は、1970年代初頭のリヌス・ミケルスとヨハン・クライフによるトータルフットボールに直接的に遡る。

 彼らが具現した全員攻撃・全員守備のスタイルはまさにサッカーにおける革命であり、その後のサッカーはトータルフットボールの前提なしには成立し得なくなった。プレスの概念しかり、戦術的ディシプリンしかり。そうした要素の一部分(ないし全体)を強調し、拡大再生産ないし復興することで、その後のサッカーは発展してきたともいえるのだった。

 森保は、モダンサッカーのすべてを何も強調しない。

 何も強調せずに、コンセプトという名のベースに落とし込むところに、彼の最大の特徴がある。

 すべてをさりげなく普通に。

 革命ではなく日常化。

 これはなかなか出来ることではない。監督は誰もが自分が具現化するサッカーの独自性を強調したがる。それが人間の性であり、監督を生業とするものとしては極めて自然な姿であるからだ。

一見、戦い方に一貫性がなく見えるが……。

 もうひとつの徹底したリアリズム、目的合理性に関しては、目的に応じた割り切った戦い方が彼にはできる。そこに一切の私情・感情をはさまない。これもまた、なかなか出来ることではない。もちろん監督である以上、誰もが目的に応じた判断を下す。だが、結果を求めて自らのコンセプトから逸脱すると感じた際には、どうしても何らかの感情を引きずる。森保にはそれがない、ように少なくとも外見上は見受けられる。ひとたび目標を定めると、淡々とそれに向かって進みそこに何の迷いもない。

 選手の成長を促しつつ寄せ集めだったグループを大会中に見事にまとめ上げ、フィリップ・トルシエを唸らせた守備戦術で韓国に対抗した2018年アジア大会決勝。そして今年のアジアカップでは、守って勝つことに徹したラウンド16のサウジアラビア戦、勝つことだけに徹した準々決勝のベトナム戦、攻守にアグレッシブさを発揮し全力で勝ちに行った準決勝のイラン戦と、試合ごとに戦い方を変えた。そして東京五輪を想定しながら、ハリルホジッチ流であり世界のトレンドでもある縦に速い攻撃サッカーをブラジルで貫き通したコパ・アメリカ……。

 戦い方だけを見れば一貫性は何もない。

 だが、ベースとなるコンセプトは変わっておらず、何よりも目的合理性において何らブレがないという点で、すべては森保の中で一貫している。

 しかもそれをピッチ上で破綻なく具現できるのが、森保の特異な才能である。過去から現在に至る日本人監督の中で、彼のようなタイプは例を見ない。個人的には欧州のトップにも匹敵するポテンシャルではと思っている。

 代表監督就任以来、森保が犯した唯一最大のミスが、3−1でカタールに敗れたアジアカップ決勝の戦い方(試合の入り方)だった。彼ならばそのミスも、今後の糧にできるとは思うが……。

なぜ中島翔哉を先発にしなかったか?

 さて、キルギス戦である。

 W杯アジア2次予選の対戦相手であるキルギスは、侮れないチームだった。

 アグレッシブさとディシプリンの高さ、チームとしてのプレーの速さなど、これまでアジアでの存在感こそ薄かったが好チームであるといえた。

 そうした相手の特徴と劣悪なピッチコンディションを考慮して、森保が選んだのはポゼッションよりも前線の速さを生かす戦い方だった。

 そのための永井謙佑と伊東純也の起用、しかも中島翔哉は先発ではない。コパ・アメリカ以降、ボールを持ちすぎてプレーの加速化が難しかった中島をこの試合で先発させず、攻守のバランスが取れスピードがある原口元気を起用したのは妥当な選択であった。

日本は難しい戦いに90%の力で勝利した。

 とはいえぶっつけ本番であり、対応は簡単ではなかった。キャプテンのキチン(左CB)のロングパスから右サイドのマイヤーの突破に、前半の日本は苦しめられた。チャンスも何度かあり、後半も含めGK権田修一の好セーブがなかったら、結果は違ったものになっていただろう。

 対して日本はセットプレー(PKとFK)から2点を決めた。違いはそれだけと言えばそれだけ。だが、その違いが、実はとてつもなく大きい。

 キルギスは、選手もまたチームとしても、能力の120%を出し切りながら敗れた。

 日本は難しい戦いを、90%(か95%)の力で効率よく得点に結びつけた。実力差を順当に結果につなげた。それこそが森保のリアリズムの勝利であり、ノーマルフットボールの勝利であったといえる。

文=田村修一

photograph by JFA/AFLO


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