家族を愛し、スポーツ万能の天才騎手。スミヨンの素顔は“悪童”ではない!

家族を愛し、スポーツ万能の天才騎手。スミヨンの素顔は“悪童”ではない!

 クリストフ・スミヨンが短期免許を取得して日本で騎乗するのは7年ぶりである。

 最初の週こそ、56キロを1頭、57キロを5頭と、負担重量を気遣ったような騎乗馬の構成だったが、これは本人が日本に到着する前に騎乗仲介者が馬を集めていたことによる、いわば安全運転的な措置。実際には「今回は55キロでも楽々と乗れる体を作ってきた」とのことで、翌週からは古馬だけでなく、2歳牡馬の騎乗依頼(牝馬は54キロなので自重)も積極的に受け付け、結果を出し続けている。

 10月19日から乗り始めての4週間の成績は、35戦して、10勝、2着5回、3着7回、4着以下13回。勝率.286、連対率.429、複勝率.629という高率。ただでさえ大きいファンの期待に十分に応えていると言えるだろう。

仏リーディング10回の神騎乗連発。

 勝ち星の中身も濃厚を極める。スワンS(GII)をダイアトニックで大外から差し切った競馬も技アリのすごい騎乗だったが、エリザベス女王杯(GI)はそれ以上。久しく停滞に甘んじていた一昨年の2歳女王ラッキーライラックと中団のインで絶妙に折り合い、直線もロスなく最内に開けた一本道に導いて、豪快に突き抜ける神騎乗を見せてくれたのだ。

 これぞ、フランスでリーディングジョッキーの座に10回も輝いた名手ならではの、絶大な存在感なのだろう。

 7年前の来日時、31歳だったスミヨンは、体重の調整に明らかに苦しんでいた。55キロの負担重量をどうにかこなしてはいたものの、レース当日も調整ルームの汗取りサウナにこもり、ようやく間に合わせたことも一度や二度ではなかった。しかし、今年のスミヨンは違う。

「日本に来られなかった一番の問題は重量だった」と認めたうえで、「年も取りましたし、昔より身体のコントロールができるようになりました」と話すスミヨンの表情に余裕が浮かんで見えるのだ。続けて、「ジョッキーとしてのパフォーマンスはいまが一番いいと思う」とまで言うのだから、まさに円熟の境地に来ているのかもしれない。

日本のショッピングも楽しんで。

 発売中のNumber990号に掲載されているインタビューは、みやこS(11月3日、京都ダート1800m、GIII)の翌日に行われた。

 みやこSは6番人気のウェスタールンドに騎乗して3着に奮闘したが、3コーナーで内に斜行したことで3万円、直線入り口で大本命馬インティの内側に僅かにあいた狭い隙間を際どくついて追い抜いたことで5万円と、一つのレースで2カ所のペナルティーを科せられた。

 もしかしたら「そんな(インタビューを受ける)気分じゃない」と、怒ってキャンセルという事態まであるのかと身構えていたのだが、それは杞憂に過ぎなかった。

 約束の時間から少しだけ遅れて、センスの良い私服をまとって現れたスミヨンは、モデルのようなカッコ良さだった。その表情には穏やかな笑み。前日のペナルティーについても、「騎乗停止にならなくてよかった」と反省する余裕まで見せて、以前の“悪童”のイメージとかけ離れた柔らかいオーラを放っていた。

 ほんの少しの遅刻の理由は「迷子になりそうになりました」。話を伺う場所はスミヨンの宿泊先のラウンジに設定されていたため、思わず「えっ?」とのけぞりそうになったが、わけを聞けば納得。

 スミヨンは空いた時間を利用してショッピングに出かけ、自分用の洋服をたっぷりと買い込んで、大荷物を両手に提げて歩いて帰ってきたのだ。外国に来ているのだから、宿泊先とはいえ少し遠出をすれば迷うのも無理はない。

「日本には小さめのサイズの服にいいデザインのものが豊富にあるから、来日のときの楽しみにしている」という真偽不明の噂があったが、それは完全に正しい情報だった。「いつも、帰国するときには満タンのスーツケースが1個増えてしまっています」と、通訳の木村さんも認めている。実は、日本での生活を意外なほど気に入っているスミヨンなのだ。

運動神経抜群、頭も切れる名手。

 子供のころから運動神経は抜群で、頭も切れて口も達者だったクリストフ・スミヨン。おそらく、どんな道に進んでも一流の領域に達していた人だろうなと、今回の1時間のインタビューで容易に想像できた。

 ベルギーで障害騎手として活躍していたお父さんの影響を受けて、7歳から馬にまたがり、ほどなくして地域のポニーレースに出場する腕前となり、しかも難なく優勝。早熟な子供だったスミヨンは、そのときにジョッキーになることを決めたという。

 馬に乗っていて、難しいとか苦しいとか、ネガティブな気持ちになったことがなく、ほかの仕事との比較をするまでもなく、「これしかない」と騎手を目指したのだ。そして、プロになってからもずっと、馬に乗ることについてネガティブな気持ちとはまったく無縁で来られたというのだから、7歳にして人生の最高の選択をしたことになる。

デットーリに、ペリエに憧れて。

「本当の意味で騎手に憧れたのはフランスの競馬学校に入る前年。14歳のときに見た、ラムタラが勝った凱旋門賞だったかもしれません。あのときのフランキー(ランフランコ・デットーリ騎手)の騎乗は強烈な印象で、それは僕が求めるジョッキーの理想像となりました」

「憧れの人が、いまもまったく色褪せないバリバリのトップジョッキー。すごいことです。そして、この秋は日本で一緒のレースに乗れそう。ワクワクしています」と、デットーリに対するリスペクトを瞳を輝かせながら語るスミヨン。

 話を聞いていると、もうひとり絶大なリスペクトの対象がいることが伝わってきた。それは、日本人にもおなじみのオリビエ・ペリエ騎手だった。

「オリビエほど、押しの強い、馬にパワーを伝えることができるジョッキーはほかに見たことがありません。僕がアメリカや香港、日本で乗ったあとにフランスで本格的に乗るようになって、現地のチャンピオンジョッキーはずっとオリビエでした。

 大きなレースとなると必ず勝つのがオリビエ。普段は手を抜いているというわけじゃなくて、ジョッキーなら誰もが感じるプレッシャーに対する強さがすごいんです。だから、彼のことはずっと尊敬している。日本に来た外国人騎手で、日本の競馬を変える役割を果たしたのはオリビエだと思っていますしね」

ルメールについてもきちんと分析。

 話に熱がこもると、ひとり語りが長くなるのもスミヨンの特徴のようだ。組み立てが理路整然としていて、そのまま文章に起こせるのもすごい。日本で大活躍のクリストフ・ルメール騎手についてもきちんと分析してくれた。

「ルメールの騎乗ぶりがフランスにいるときと変わったとは思わない。短期免許で来ていたときより、日本の競馬に合わせているとは思うけど、基本的には変わっていないよ。僕はフランス人ではない(ベルギー人)けど、フランスの競馬はジョッキーのレベルが高い。フランスの競馬学校を出た騎手が世界中で活躍していることでも明らかなように、学校が素晴らしいんです。ルメールもフランスで活躍したあと日本に来て、フランスのレベルの高さを日本で証明してくれています。

 フランスで活躍しているジョッキーは、まとまった休みを取って家族との自由な時間を楽しみながらトップジョッキーをキープする。彼は休みが取れないことを承知で日本にいる。もちろん稼ぐのは自分のためではありますが、日本の競馬界のために頑張っていることについては率直に感心します」

「ラグビーはやらないよ(笑)」

 日本ではプライベートの姿がほとんど伝わっていないスミヨンだが、奥さんとの間に3人のお子さんがいて、趣味も多い。

「体を動かすことが好きなので、サイクリング、ゴルフなどスポーツはなんでも好きです。阪神タイガースのヨシダヨシオ(吉田義男)さんがフランスに野球の普及に来られた影響で、野球もやりました。いまは山登りが一番好きかな? モンブランでアイスクライミングもしました。富士山も登りたいですね」

「さすがにラグビーはやらないですけどね(笑)」と、Numberに掲載されたラグビーW杯の記事を指さしで笑うスミヨン。ただ、冬の富士山は見た目以上に危ないので、夏にしてくださいと、そこだけは全力で止めさせてもらった。

日本での騎手免許取得は……?

 どうしても気になるので、ルメールのように日本の騎手免許を取得する気持ちはあるのか、と聞いてみた。

「現状はアガ・カーンとの専属契約もありますし、現時点では不可能な話です。家族もいますし、ほかにも解決しなくてはいけない問題はいくつかありますが、興味は大いにあるし、可能性もあるはずです。いまの日本の競馬は世界一だと思いますし、そうしたレベルの高いところで自分の職業を全うするのは素晴らしいことですからね。

 19歳で初めて来たときと比べると、日本は格段に過ごしやすい。ルメールやミルコ(・デムーロ)が安心して競馬に専念できる環境というのを実感しています。試験を受けるかどうかは別として、日本語は勉強したい。そこは強く思っているところです」

 エリザベス女王杯を勝った翌週の水曜日。栗東トレーニングセンターでスミヨンと再び出会うと、こちらが「おめでとう」を言う前に「You bring lucky」と、ジョッキーには似つかわしくないほどの大きな手で握手を求められた。

 もちろんインタビューがスミヨンに幸運を運んできたわけではないのだが、インタビュアーとしてこれほどうれしい言葉はなかった。強気で無遠慮でとっつきにくい男のイメージは、いまや完全に誤りなのだ。

文=片山良三

photograph by Tadashi Shirasawa


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