日本シリーズの再戦が秋の宮崎で行われ、ホークスがまたも完勝した。

 11月14日、サンマリンスタジアム宮崎で行われた若手主体の練習試合。ホークスが8−4でジャイアンツに打ち勝った。

 前回の当連載「野球のぼせもん」で紹介した砂川リチャードが4番バッターに座り、5回2アウト二、三塁で巨人19歳右腕の直江大輔のスライダーを強振。「高く上がり過ぎたと思ったけど、結構スタンドの奥まで飛んでくれました」と胸を張る大きなアーチを左翼ポール際へ運んだのだった。

 地元スポーツ紙の「西日本スポーツ」では4番起用が決まった時も3ページ目を丸々使って大きく報じていたが、この一発の翌日、さらに2日後にも「王会長砂川キング指令」と大見出しを打って2度も一面記事に抜てき。ホークスファンの中ではちょっとした“時の人”として扱われている。

「リチャードばっかり目立っているんで、ちょっと悔しいですよね」

 サンマリンスタジアム宮崎のダグアウトで道具を片づけながら、記者に囲まれる砂川をちらっと横目に見て呟いたのは、同じ右打ち内野手の黒瀬健太だった。冗談っぽい口調で顔は笑っていたが、内心は本当に悔しかったはずだ。

チャンスというより、危機感。

 黒瀬はこの試合で、砂川より先に本塁打を放っていた。4回2アウト一、三塁から今季一軍で8試合に登板した大江竜聖の高め直球をタイミングよく振りぬき、力強い打球を左翼席中段へ叩き込んだ。

「この試合、僕にとってはチャンスとかではない。とにかく打たないといけないと思っていました」

 4番に起用されて「緊張しました」と笑っていた砂川に対し、黒瀬からひしひしと伝わってきたのは後がないという危機感だった。

歴代3位の高校通算97本塁打。

 将来の超スラッガー候補。2015年のドラフト5位で初芝橋本高校から入団した黒瀬には、誰もが明るい未来を期待した。高校通算97本塁打。清宮幸太郎(ファイターズ)が早実時代にそれを超えていったが、それでも現在でも歴代3位の記録を誇る。

 しかしプロの壁に悩まされ、3年目だった昨年の二軍戦でも打率1割3分、1本塁打、7打点の成績しか残せずに戦力外通告を受けた。今季は背番号を「126」に変えて育成選手としてシーズンを戦った。

 今季も目立った成績を残せたわけではなかったが、野球に取り組む姿勢は見ていて明らかに変わった。

「2年目くらいまではアレコレやらされている感じだった」

 のんびり屋の性格が邪魔をした。今季は打撃フォームを自ら模索して作り上げた。一時コーチと衝突したこともあったが、それだけ自分の中に強い信念が出来た裏返しでもあった。

川端慎吾、山田哲人の助言。

「この1年間の中でも打ち方は変えた部分がありましたが、1つやり通したのはバットを構える位置でした。以前は体から離していましたが、自主トレで『もっと体の近くで構えた方がいい。無駄な動きが2つ無くなる』と言われて試したらそれがすごく良かった」

 助言をくれたのはスワローズの川端慎吾だった。黒瀬の中学時代の所属チームの監督が川端の父という縁もあり一緒に自主トレを行っている。そして川端の言葉に同調して、さらにアドバイスをくれた球界のスターもいた。

 同じくスワローズの山田哲人も共に汗を流す仲間だ。

「山田さんからは右打ちを教わりました。右手の使い方の表現がすごく興味深かったです。山田さんはわざとこねるように右手を使う。ホークスでも(川島)慶三さんに『俺はラリアットのイメージだ』と聞いたことがありました。そしてシーズン中も藤本(博史)三軍監督や吉本(亮)打撃コーチに教わりながらやっているうちに自分でも手応えを感じるようになりました」

王貞治がつきっきりで声をかける。

 10月の秋季教育リーグ「フェニックスリーグ」は打撃の感じが良かったと頷く。右方向へのホームランも放った。「高校で97発打ちましたけど、引っ張った打球ばかり。センターに打ったこともなかった」。

 巨人戦翌日の15日、キャンプ地で特打に指名された黒瀬はいつも以上に力を込めてバットを振っていた。打撃ケージのそばで熱視線を送っていたのは王貞治球団会長だ。

 1時間打ちっ放しの特打の半分が過ぎた頃、ずっと立っていた王会長は黒瀬のすぐ後ろへすっと移動した。特打は2カ所でもう1人の選手と場所を交代しながら打つのだが、黒瀬が動けば王会長も動く密着マークだ。

 交代前のラスト1球。黒瀬は打ち損ないの打球で打席を外そうとしたら、王会長から大声が飛んだ。

「なんだ、それで終わるのか。自分の納得いく打球を打って終わるんだよ」

 黒瀬は掌のマメがつぶれ激痛が走っていたが、ナニクソとバットを振る。逆に力んで打球が飛ばない。

「おいおい、どうしたんだ。何だ」

 最後の1球に10球ほどを要してしまった。

「なんだ『ラスト』に弱いのか? 試合はいつだって『最後』なんだぞ」

「無駄な力を入れなくても飛ぶんだ」

 ホークスは高年齢化が進んでおり、特に長打力のある若手の台頭が急務となっている。Yシャツの上に球団グラウンドコートを着込んでの熱血指導は、黒瀬への熱い期待の表れでもあった。

「王会長からは、キミには立派な体と力があるんだから、無駄な力を入れなくても飛ぶんだ。ボールの芯とバットの芯を結べば勝手に飛んでいく。だからピッチャーのリリースの瞬間をガッと見て、しっかりボールを見るんだ、と言われました」

 今オフには再び川端、山田と一緒にバットを振り、2020年を始動する予定だ。王会長からの金言も胸に、来季こそと闘志を燃やす。

 高校通算97発。その実績に嘘はないはずだ。

文=田尻耕太郎

photograph by Koutaro Tajiri