「悪くはなかったと思うんですけどね。(トウループは)力は入りすぎたかなと思っています」

 SPの直後、ミックスゾーンに現れた羽生結弦は開口一番そう口にした。冒頭の4サルコウをきれいに降りながらも、コンビネーションを予定していた4トウループで着氷が乱れて単独ジャンプになるという、あまりなかったミスで97.43を手にし、2位のスタートとなった。

 コーチの姿が見えないことについて聞かれると、1選手につきコーチ1名のパスしか出なく、前の週にブライアン・オーサーがカナダの選手で忙しかったので、この大会にはジスラン・ブリアンに同行を依頼。だがちょっとしたトラブルが起きて、到着が遅れていることを明かした。

「でも(ジャンプを)失敗したのは実力不足」と、コーチの不在が原因ではないことを、何度も繰り返し主張した。最後までノーミスで滑り切って110.38を手にしたネイサン・チェンに13ポイント近くの点差という予想外の位置から、フリーに挑むことになった。

4ルッツと4ループを成功させた。

 男子のフリーは、現地時間12月7日午後1時過ぎから始まった。羽生は無事に到着したブリアン・コーチに見守られて、リンクの中央に出てきた。フリーはルッツとループを含む4回転を5本入れるという構成は、SP直後に決めたのだという。

『オリジン』のプログラムは、冒頭の4ループがきれいにきまり、続いた4ルッツも過去で最高と言える完璧な着氷だった。スピン、ステップを経て、4サルコウ、そして4トウループ+1オイラー+3フリップの最後の着氷が乱れて回転不足に。だが持ち直して4+2トウループを降りた。

 ルッツとループを含む5度の4回転を降りて、体力を使い果たしていたのだろう。彼がもっとも得意としていた3アクセルが、1回転半になった。

ネイサン・チェンへの気遣い。

 熱狂的に歓声と拍手を送る観客に応え、ブリアン・コーチと一緒にキス&クライに座る。

 この日は羽生の誕生日で、フラワーガールの一人が誕生日ケーキを手に近づいてきたのを動作で止めたのは、おそらく次の滑走だったネイサン・チェンに気遣ったのだろう。

 フリー194.00で、総合291.43を手にし、最終滑走のチェンの演技を待つこととなった。

まったく無駄のないジャンプ。

 くまのプーさんのぬいぐるみで埋まった氷の上に、ネイサン・チェンが出てきた。

 ベラ・ウォンによる新しい衣装に身を包んだチェンは、『ロケットマン』のフリーを4フリップ+3トウループで開始した。4ルッツ、そして4トウループ+1オイラー+3サルコウと、軽々とジャンプを決めていく。

 余分な力も、足りない力もない、まったく無駄のないジャンプとしか形容出来ない、みごとな着氷だった。

『グッバイイエローブリックロード』のメロディにのって3アクセルも、タイミングにぴたりとあった。後半の4サルコウ、4トウループ、そして3ルッツ+3トウループも難なくきめると、最後のヒップホップのコレオシークエンスで観客が盛り上がった。

 224.92の点が出た瞬間、チェンの3連覇が決定した。総合335.30は、彼自身が持っていた歴代最高スコア323.42を10ポイント以上上回る新記録だった。結局羽生の3年ぶり5度目のタイトルは成らず、チェンが3年連続の優勝となった。

「何かを成し遂げたかった」

 羽生は会見で、フリーで4種類の4回転を5回入れるという構成はいつ決めたのかと聞かれると、SPのすぐ後、と答えた後にこう付け加えた。

「勝てないとは思っていたけれど、何かここで成し遂げたいという風に思っていて、結果的に4回転ルッツがループとともにフリーで決められたことがぼくも嬉しく思います」

「スポーツをやっているのだと実感できる」

 羽生がルッツとループを含む5度の4回転の構成を滑り切ったのは、今回が初めてである。

 このフリーの日、25歳の誕生日を迎えた羽生は、シングル選手としてはすでに大ベテラン。それでも初めてのことを成し遂げたというのは、やはり羽生ならではと言うしかない。

 さらに羽生は会見で英語で、こう語った。

「すごく疲れました。ネイサンは、もっともっとハードにプッシュしてくる。ぼくのほうが年上なのに、どうしてこんなにプッシュしてくるのと言いたい(苦笑)。

 彼と競うのは、大好きです。ぼくがたった一人で(このレベルで)闘っていたら、とても孤独でモチベーションを感じることができなかったと思う。

 フィギュアスケートはスポーツなのかと言われることもあったけれど、(チェンと闘うことで)ようやくスポーツをやっているのだと実感できるんです」

公式練習で4アクセルに挑む。

 何かを成し遂げたいという意味においては、前日の公式練習で4アクセルに挑んだことも、彼の中で大きな意味を持っていた。

「あと、ここで何かを成し遂げたい、残したいというのは、フリーの前の日の練習もそうで、4アクセルを降りたかったなと思っていたけど、でもここでトライできたのはとても光栄なことだなと思います」

 2006年に荒川静香とエフゲニー・プルシェンコがオリンピック金メダルを取ったこのトリノのパラベラ競技場で、4アクセルというまだ誰も試合で成功させたことのない技に挑んだことも、自信につながったという。

「羽生はこのスポーツのアイコン」とチェン。

 ここでの経験で学んだものについて聞かれると、羽生はこう答えた。

「コーチがいなかったのと、ショートを失敗してしまったということ。4回転アクセルの練習ができたことと、ループとルッツがフリーできれいに決まったこと。色んな経験ができました。

 もちろん全部自信につながる物になったと思いますし、色んなことを考えるきっかけになった。ただ、それは隣にいるネイサンが素晴らしい演技をしなければそういう風に学ぶことができなかった。強くなろうとも思わなかった。ネイサンに感謝したい」

 その一方で、チェンは会見で2人のライバル関係について聞かれると、「ユヅルはもっとも尊敬しているスケーターで、スケートの神様のような存在。このスポーツにおいて、全てのことを成し遂げてきたアイコン的存在。ぼくは彼に憧れながら成長してきた」と絶賛する。

 20歳と25歳の年齢差というのは、フィギュアスケートにおいて決して小さなものではない。

 より若く、より身体的に強い者が先駆者を押しのけて上に上がっていくのがスポーツの宿命。だが羽生結弦の闘志は、若い強力なライバルによって一層大きく燃え上るばかりだ。

「めちゃくちゃ悔しいし、今に見ておけという思いがある。早く練習したい」

文=田村明子

photograph by Yohei Osada/AFLO SPORT